【示談とは】
権利義務を巡って紛争が生じた場合、多くは、当事者間で、裁判所や何らかの機関を介さないで折り合いける(=互いに譲歩して合意する)ことで解決されています。この合意を、俗に、示談といいます。示談は民法の和解契約(裁判外の和解)に該当することが多いので、以下では、示談が和解に該当することを前提とします(※1)。
民法695条
和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。 |
示談は、紛争を解決することを目的とするので、示談の後になって示談の内容が真実に反することを示す証拠が出てきたとしても、示談書で定めたとおりの権利義務が認められることになります(これを和解の「確定効」、「不可争効」などといいます)。つまり、示談内容が真実に反することが事後に判明したことを理由に示談の効力を否定することはできません。
例えば、AがBに金を貸し、Aは計20万円貸した記憶だが、Bが20万円も借りていない、多くても15万円だというので、結局Bが15万円を支払う内容で示談をしたのだが、示談後、貸した金がAの記憶のとおり20万円であることを示す証拠が出てきた、というケースを考えましょう。この場合、Aの20万円の貸金債権のうち5万円が示談によって消滅したとされて、Aは15万円しか請求できず、反面、Bは15万円しか返さなくて良い、ということになります(「権利変動効」といいます)。民法696条がこれを定めます。
民法696条
当事者の一方が和解によって争いの目的である権利を有するものと認められ、又は相手方がこれを有しないものと認められた場合において、その当事者の一方が従来その権利を有していなかった旨の確証又は相手方がこれを有していた旨の確証が得られたときは、その権利は、和解によってその当事者の一方に移転し、又は消滅したものとする。 |
※1 「示談」は法律用語ではないので、どのように定義しても自由ですが、世の中の「示談書」の中には、①権利義務の争いや②互譲がないため、厳密には、和解に該当しないものもあります。ただし、よくよく考えると、和解に当たるのかどうか判断が微妙なこともよくあります。こうしたことも考えると、事後に現れた証拠を理由に示談を覆すことができるかどうかは、和解に該当するかではなく、その合意が事後に現れた証拠を理由に覆すことを認めない趣旨かどうかを考えるしかないとも考えられます。
和解は、訴訟でも行われることがあり、これを訴訟上の和解といいます(多くの訴訟事件は、判決ではなく和解で終了しています)。これとの対比で、民法上の和解を裁判外の和解といっています。
【清算条項】
示談の際、多くの場合は、清算条項を定めます。
清算条項とは、この合意で紛争を解決するものとして、互いに、この合意で定められたもの以外を請求することはできない、とするものです。例えば、「甲と乙は、甲と乙との間には、本件に関し、本示談書に定めるもののほかに何らの債権債務がないことを相互に確認する。」などと記載されます。
この清算条項により、双方の譲歩により権利義務が定められて紛争を解決する合意、つまり、民法上の和解契約が成立したことが明確になります(※2)。
例えば、上記の例でシンプルな示談書を作成するとしたら、次のようになります。
AとBは、○年○月○日から○年○月○日にかけてAがBに金員を貸し付けた件(以下「本件」という)について、以下のとおり示談する。
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※2 ※1のとおり、厳密には、世の中の示談の全てが「和解」に該当するわけではありませんが、そうであっても、清算条項があれば、示談内容とは異なる証拠が出てきても、追加の請求は排斥されることになるでしょう。清算条項は、そのような趣旨を含むと考えられるからです。例えば、DがCの所有物を壊したので、DがCに修理費を弁償する内容の示談をしたとしましょう。過失の有無や修理費の額について争いがなければ、互譲がなく「和解」には該当しないため、権利変動効が認められないことになりそうです。しかし、清算条項があれば、後になって追加の修理費が必要であること(示談で定めた修理費が少なかったこと)が判明したとしても、Cの追加請求は認められないでしょう。
【示談(和解)と錯誤】
稀に問題となるのが、清算条項を定めた示談書を作成したのだが、追加で請求したい、あるいは請求された、という場合です。
上記のとおり、示談の後になって、示談の内容が真実に反することを示す証拠が出てきたとしても、それを理由に示談の効力を否定することはできません。
ただし、判例・学説では、以下のように場合分けされ、錯誤(民法95条)を理由に示談の効力を否定する(取り消す)ことができる場合があると解されています。
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ⅰは、上記のAとBの貸金の例であれば、貸金の額に錯誤があった場合がこれに当たります。Aとしては、Bが借りたのは多くても15万円だというので、もしかしたらそうなのかもしれないと思って15万円で示談したが、やっぱり20万円全額を返してほしい、証拠があるとわかっていれば15万円で示談しなかった、錯誤だ、と言いたいかもしれません。しかし、このような主張が認められれば、和解をした意義が大きく損なわれてしまいます(そもそも、民法696条は、このような主張を排斥するための規定です)。よくよく考えると、Aは、真の貸金の額が15万円でない可能性を認識しつつ、(訴訟をしても20万円であることを立証できないといった事情から)訴訟をしないで示談をした方が合理的だと考えて15万円で示談したのでしょう。そのため、厳密には、Aは真の貸金の額が15万円であると誤信していたわけではなく、Aに錯誤はないと考えられます。なお、仮にBが証拠を偽造したためにAが真の貸金の額を15万円と誤信したのであれば、争いの対象となっている事項に錯誤があることになりますが、この場合、Aは詐欺を理由に示談を取り消すことができるでしょう(民法96条)。これは確定効に反しません。
ⅱは、例えば次のようなケースです。AとBの例を少し変えて、Bが15万円の借入金債務を負うことを認めるが、現金ではなく、B所有のバッグを引き渡す内容で示談をしたとしましょう。AもBも、このバッグがブランド品で、15万円近い価値があると考えていました。ところが、AがBからバッグの引渡しを受けた後、査定に出すと、そのバッグが偽ブランド品で、全然価値がなかったことが判明しました。この場合、AとBは、バッグがブランド品で15万円近い価値があることを基礎として示談をしたと考えられるので、Aは錯誤により示談の効力を否定することができます(民法95条1項2号)。バッグの価値は争いの対象となっていた事項ではないので、この錯誤主張は、確定効には反しません。
以上、例を挙げましたが、実際には、その錯誤がⅰに当たるのか、それともⅱに当たるのか、判別が難しいこともあります。過払バブルの頃は、債務者が、本当は過払金があるのに、それを知らないで消費者金融との間で債務を減免する内容で示談をしたのだが、示談後に過払金があることを明確に認識した、示談は錯誤で無効だ、として過払金請求をした訴訟が複数あり、裁判所の判断も分かれていました(錯誤を否定する裁判例は、債務の額が争いの対象となっていたのだからⅰに当たるとし、錯誤を認める裁判例は、債務が存在することは和解の前提だからⅱに当たるとしています)。
※3 あくまで民法95条の錯誤の要件を満たすことが必要です。和解の基礎とされていた事情について錯誤があるとして和解を取り消すためには、その事情が和解の基礎とされていることが表示されていることが必要です(民法95条2項)。一方が基礎にしていたつもりでも、それが内心にとどまっており、他方にそのつもりがなければ錯誤取消しは認められません。
民法95条(3項以下は省略)
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【示談と後遺症】
交通事故の示談も、双方の譲歩があり、民法上の和解契約に該当することが多いと思いますが、示談後に後遺症が判明した場合、被害者が追加で後遺症分の損害賠償請求ができるか、という問題があります。
これについては、示談が成立している以上、追加請求は認められないのが原則であるが、例外的に、示談時に予想できなかった後遺症については、追加請求できると解されています(最高裁1968.3.15は、「その当時予想できなかった不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。」と判示しており、錯誤を認めたわけではないようですが、様々な説明の仕方があります)。