【使用貸借とは】
物の貸し借りをすることはよくありますが、賃料が発生する場合を賃貸借(ちんたいしゃく)といいます。アパートや駐車場の賃貸借が典型です。これとは異なり、賃料が発生しない貸し借りを使用貸借(しようたいしゃく)といいます。賃貸借は、借主が対価(賃料)を支払うので有償契約、使用貸借は、借主が対価を支払わないので無償契約に分類されます。
民法601条
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。 |
民法593条
使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。 |
友人間であれば、本やマンガなどを使用貸借することはよくあるでしょうが、親戚関係にある者の間で、不動産を使用貸借することも珍しくありません。その中でもよくあるのは、居住目的の建物の使用貸借と建物所有目的の土地の使用貸借(建物は借主が自費で建築します)です。居住目的で建物を貸し借りする、又は建物所有目的で土地を貸し借りするといった場合、通常はそれなりの賃料が発生するため、これらの使用貸借には経済的援助としての意味があります。そのため、これらの不動産の使用貸借は、何らかの親しい人間関係を基礎としてなされることがほとんどです(そのため、後述するとおり、使用貸借は借主の死亡により終了するのが原則です)。
ところが、使用貸借成立後、何らかの理由で、貸し借りの基礎となった人間関係が損なわれることがあります。例えば、貸主と借主が仲違いした、親が娘の夫に貸したが、娘と夫の関係が悪化して娘が家を出て行った、貸主や借主が死亡したが相続人同士の関係は希薄である、といったケースがあります。これらに加えて貸主(の相続人)が自分で使う必要が生じた、といった事情が加わることがあります。
こうした場合、貸主やその相続人が使用貸借の終了を望むことになります。しかし、居住目的の建物や建物所有目的の土地というのは、借主の生活の基盤となるものですし、もし使用貸借が終了するとなれば、これまでタダで借りていたのに、これから他に賃料を払って建物を借りなければならない、土地の使用貸借であれば、これに加えて建物を解体して土地を更地で返還しなければならない、という大きな経済的負担が生じます。慣れ親しんだ場所から離れなければならないという不利益もあるでしょう。そのため、借主の側は、使用貸借の終了に強く抵抗することがよくあります。
【使用貸借の終了事由】
民法によれば、使用貸借は、①当事者の一方からの解除により終了する場合と②解除によらないで終了する場合(当然終了)に分けられています。民法は②を先に規定しており(597条)、②を次の3つに分けています。
- 期間満了(597条1項)
- 目的に従った使用・収益の終了(同条2項)
- 借主の死亡(同条3項)
借主が死亡した場合に使用貸借が終了するとされているのは、使用貸借は無償契約なので、通常、その基礎に当事者間の特別な人間関係があるためです。反対に、貸主が死亡しても消費貸借は終了せず、貸主の地位はその相続人が承継します。
民法597条
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①の解除事由については、598条が3つの解除事由を定めています。
- 借主が目的に従った使用・収益をするのに足りる期間が経過したときー貸主が解除できる(598条1項)
- 期間も目的も定められていなかったときー貸主が解除できる(同条2項)
- 借主はいつでも解除できる(同条3項)
当事者間の信頼関係が破壊された場合、明文にはありませんが、598条1項を類推適用して、貸主が解除できると解されています(最判1967.11.24)。
民法598条
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【建物所有目的の土地使用貸借】
最も深刻な争いとなるのは、建物所有目的の土地使用貸借でしょう。
典型例の1つは、借主が死亡したが、借主と同居していた相続人が建物への居住を希望するケースです。
借主死亡時点で既に建物建築から相当期間が経過していることが多いこともあり、貸主は、借主側は十分に恩恵を受けただろう、貸主と特別な関係にない相続人が無償で住み続けるのは虫が良すぎる(契約を結び直さない限り、賃貸借には転換されません)、相続人が借主の地位を承継するなら、いつ使用貸借が終了するのか、これでは贈与したのと同じではないか、などと考えるでしょう。貸主と借主の相続人との関係が希薄であったり、貸主も死亡して貸主の地位をその相続人が承継したが、相続人同士の人間関係が更に希薄である、ということもあります。貸主が土地を更地にして有効活用したいという事情があることもあります。
これに対して、借主の相続人の側は、借主本人と同居している場合であれば、今更出て行けと言われても困る、建物もまだ十分住める状態だし、建物を取り壊す費用もない、などと考えるでしょう。
それでは、実務では、どのように考えられているかというと、まずは、以下のように考えられます。
- 民法597条3項(「使用貸借は、借主の死亡によって終了する。」)は、任意規定であって、当事者の特約(合意)によって排除できる。
- 特約は、黙示のもので足りる(明確に合意していなくても良い)。
任意規定というのは、当事者間の合意がなければその規定が適用されるが、それと異なる合意も有効である、つまり、合意をすれば、それは当該規定に優先する、というものです。民法91条がこれを定めます(「法令中の公の秩序に関しない規定」が任意規定ということになります)。
民法91条
法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。 |
例えば、民法485条は「弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。」としていますが、これは任意規定です。そのため、弁済(例えば売買代金の支払)が送金で行われる場合、その費用(送金手数料)は、原則として債務者(買主)が負担するが、それとは異なる意思表示があればそれによる、つまり、債権者(売主)が負担するとの合意も有効である、ということになります(※1)。
※1 任意規定の反対は強行規定で、強行規定に反する当事者は無効とされます。経済的弱者を保護する法律、例えば消費者契約法、借地借家法、利息制限法や労働基準法には強行規定が多く含まれています。
【目的に従った使用・収益の終了と必要な期間の経過】
それでは、借主の死亡によって終了するという民法597条3項を排除する特約がどのような場合に認められるか、というと、多くの裁判例では、建物所有目的であれば、原則としてそうした特約が認められる、とされています。建物所有目的の土地使用貸借の場合、原則として、民法597条3項は適用されず、借主の死亡によっては終了しない、その結果、相続人が借主の地位を承継する、ということになります。民法の規定では使用貸借は借主の死亡により終了するのが原則であるが、建物所有目的の土地使用貸借の場合、原則と例外が逆転させられているわけです。
例えば、東京地判2016.4.28は、以下のように判示しています。
「(旧)民法において、使用貸借は、借主の死亡によって、その効力を失う旨規定されている(599条)ところ、これは、使用貸借が無償契約であり、当事者間の特別な人間関係に基づくものであることが通常であることから、当事者間の通常の意思を推定して定められたものと解される。しかしながら、土地の使用貸借の目的が建物所有である場合には、通常、当事者間の個人的要素以上に建物所有の目的が重視され、建物自体の価値及びその使用による利益の維持を図ることとするのが当事者の合理的意思であると解され、特別な事情がない限り、借主の死亡によっては当然には終了せず、建物所有の目的に従った使用が終了した時に返還時期が到来するものと解するのが相当である。」結論としては、貸主の明渡し請求を棄却しました。
建物所有目的の土地使用貸借の場合、借主の死亡によっては終了しないとすると、貸主はいつまでタダで貸さねばならないのか、貸主の負担が大きすぎないか、という点が問題となりますが、これについては、上記東京地判のように、建物所有という目的に従った使用・収益が終了したか(597条1項)、又は、それに足りる期間が終了したか(同条2項)、が次に検討される、ということになります(※2)。
目的に従った使用・収益に足りる期間が経過したどうかは、以下のような当事者双方の事情を比較衡量して判断すべきとされます(最判1999.2.25)。
- 経過した年月
- 土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情(援助、親の介護等)
- その後の当事者間の人的つながり(当事者間の紛争、死亡、離婚等)
- 土地使用の目的・方法・程度(借主が居住しているか等)
- 貸主の土地使用を必要とする緊要度
※2 「目的」とは、建物所有という抽象的な目的ではなく、「契約締結時において、貸主が借主に対し、特段に無償の使用を許すに至った動機ないしは当事者の意思から推測されるより個別的具体的な目的を指す」とする裁判例があります(東京地判1968.6.3)。後述の東京地判1964.5.25は、孫娘の通学の利便という具体的な目的を認定しています。結局は契約の解釈になりますが、その解釈もなかなか難しそうです。どのような事実を主張立証するか、弁護士の力量が問われるところかもしれません。
建物所有目的の土地使用貸借について、借主が死亡したために貸主が借主の相続人に対して建物収去土地明渡請求をした事案で、上記の東京地判のように、借主の死亡によっては終了しないし、まだ目的に従った使用も終了していないなどとして、貸主の請求を認めなかった例も多く見られます。
これに対し、借主の死亡によっては終了しないとしつつ、建物所有という目的に従った使用・収益が終了した、あるいは、それに足りる期間が終了した、と判断して、契約終了を認めた裁判例として、以下のものがあります。
東京地判1964.5.25(孫娘の通学の利便のための建物を建築する目的で祖父が学校より提供を受けた土地の使用貸借契約が、右祖父の死亡によつては終了せず、右孫娘がその学校を卒業したときに消滅するものと認めた事例)
「原告はAに対して家を建てその孫娘二人(B、C)を通学のため居住させることを目的として本件土地の無償使用を許したものであることが明らかであつて、その土地使用関係は、右孫娘の通学用宿舎を建設するための使用貸借と認めるを相当とし、原告はAの死亡後も同人に対する情誼から被告(B、Cの父)において家屋を竣功させ土地の使用を継続することを承認したものと認められるから、A死亡後は被告との間に右使用貸借関係が存続するに至つたものというべきである。」
「本件土地使用貸借は、前記BおよびCが○○中学校を卒業するとともに約定による使用目的に基づく使用収益を終つたものというべく、被告は原告に対し本件土地の返還義務を負担するに至つたものといわなければならない(・・・・・・)」
「土地使用貸借の終了によりその返還を求めるのは適法な権利の行使であつて、専ら相手方を困惑させることのみを目的として土地の明渡を求めるような場合は格別、その地上に未だ十分使用に堪えうる家屋が存在するというような事情のみでは、これを権利の濫用たらしめるものということはできないものといわざるを得ず、その他本件に顕われた一切の事情を参酌しても、原告の請求をもつて権利の濫用と目すべき理由はないから、被告等のこの点に関する主張は採用することができない。」
東京高判1986.7.30(第三者に賃貸している建物と土地を貸主が取得し、貸主が建物を借主Bに贈与することにより建物所有目的の土地使用貸借が成立したが、この成立から約25年後に借主Bが死亡し、建物の賃借人も退去して以降、借主Bの相続人Yも居住しておらず、空家となっていた事案)
「本件使用貸借は、一応本件建物所有の目的であるが、(旧)民法597条2項の趣旨及び賃貸借との対比を考えると、本件建物が腐朽・消滅するまで継続すると解するのは相当ではなく、ただ相当期間本件建物を存置するというものであるといわざるを得ない。」
「そして右のような目的の場合も、借主の死亡による使用貸借終了((旧)民法599条)を排除しないと解すべきであるから(相続人に対しても貸与する旨明示の約定があれば別と考えられるが、本件ではそのような事実は認められない。)、Bが昭和52年3月29日死亡したことにより一旦終了すべきところ、その後も、Aを相続したYらが本件建物を存置、所有することにXが異議を述べなかったと認められるから、引続き前同様の使用貸借関係がXとYらとの間に黙示的に生じたものと解すべきである。」(借主死亡により一旦契約が終了するが、新たに借主の相続人を借主とする使用貸借が成立した、とするもので、借主の地位の相続を認めたわけではありません)
「ところで、本件建物は貸家であってA取得当時からBが賃借居住していたことは、当事者間に争いがないが、《証拠略》によると、Bは昭和58年6月下旬本件建物を退去し、その後は空家状態であり、Yも一回だけ管理のため泊ったことがある程度であることが認められる上、本件建物は昭和22年以前の古い建築に係り、《証拠略》によっても、相当傷みがはげしいことが認められ、これらの事実とYらの借用以後でも6年余(A借用からは25年)を経過したことを合わせ考えれば、本件建物所有の目的はBの退去とともに完了し、Yらが本件土地を使用収益するに足りる期間を経過したものといわなければならない。」
東京地判1995年10月27日(建物建築から約13年後に借主Cが死亡し、その妻Bが建物に居住しているが、原告が相続税対策等のために更地にして賃貸住宅等を建築する計画を立てている事案)
「1 現在、被告A(被告Bの長女)は結婚して夫の社宅に居住しており、本件建物には被告B(原告の妹)一人が居住している。
2 原告は、永年東京都に奉職してきたが、昭和58年6月に中央区助役を最後に退職した。その後、老後の生活設計とあわせて相続税の対策を講じる必要から、原告所有地全体を更地とし、その跡に5階建程度の自家用住宅、賃貸用共同住宅、店舗を建築し、その賃料収入をもって建築資金の返済をなしつつ自らの生計を維持していく計画を立てた。ところが、本件土地は、道路側に面し、原告所有地への入口の相当部分を占めているため、その返還を求めて原告所有地を一体として利用しなければ同計画を実現し難い状況にある。そこで、原告は被告Bに対し、平成4年7月ころから右計画への協力を求めて本件土地の明渡しを要求し、その代償として1000万円程度の金銭の支払や新たに建築する建物の一室を住居として提供するなどの条件を提示したが、結局、被告Bの容れるところとならなかった。」
「右に認定した事実に加え、先に認定した本件土地の使用貸借に至る経緯やその期間、更には借主であるC(被告Bの夫)がすでに死亡したことなど本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、なる程使用貸借の目的である本件建物はなお現存し、現に家族の一人である被告Bは引き続き居住しているとはいうものの、すでに使用収益をなすに足るべき期間は経過したものと解することができる。」
東京地判2006年5月18日(建物建築から約28年後に借主Bが死亡したが、その相続人Yらは建物に居住しておらず、建物2階に賃借人が居住しており、相続人Y1らがその賃料を収受している事案)
「本件土地の使用貸借の目的は、専ら亡Bの居住用の建物を確保することにあったものと考えられること、亡Bが本件土地に本件建物を建築してそこに居住するようになった昭和51年4月ころから亡Bが死亡した平成16年2月18日まで既に28年近い期間が経過していること、子がいなかったことから、亡Bは、本件建物1階部分で一人で生活し,2階部分を他人に賃貸しており、現在も賃借人がいるのであり(・・・・・・)、その賃料は現在被告Y1が受け取っていることが認められる(・・・・・・)が、本件建物の共同相続人である被告らは、他に建物等を所有しているなどの関係で本件建物に居住しているわけではないこと等に徴すると、本件土地の使用貸借は、本件土地の使用収益に必要な期間が経過し、借主である亡Bの死亡により終了したものと認めるのが相当であり、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。」
以上は借主が死亡した事案ですが、借主が死亡していない事案の裁判例も多くあります。実際にトラブルになった場合は、これらの裁判例も含め、裁判所が、どのような事実を明渡しを認める方向に考えているか、逆に、どのような事実を明渡しを否定する方向に考えているのか、を調査して検討する必要があります。
【信頼関係破壊】
使用貸借が借主死亡によっては終了しないとしつつ、貸主と借主の相続人との間の信頼関係が破壊されたとして、解約が認められたものもあります(名古屋高判2020.1.16)。
【借主死亡によって終了する旨の合意】
理論的には、民法597条3項は任意規定であり、特約があればこれに優先するというというのであれば、契約書を作成し、借主の死亡によって使用貸借契約は終了する、借主の地位は相続されない、などと明記しておけば、建物所有目的であったとしても、原則として、使用貸借は借主死亡により終了するはずです。借主死亡によっては終了しないという特約は存在しないことになるからです(ただし、権利濫用等の法理による制限はあり得ます)。
【目的物件の売却等】
使用貸借の場合、借主には賃貸借の場合と異なり、使用収益できる権利を第三者に主張(対抗)できないとされています。
そのため、もし貸主が貸した建物や土地を第三者に売却等すれば、譲受人は借主に対して明渡しを請求できることになります。
ただし、権利濫用等の法理による調整はあり得ます。例えば、貸主がその配偶者や子に贈与をした場合などは、配偶者等からの明渡し請求は権利濫用とされやすいでしょう。
また、明渡しが認められた場合、元の貸主は、債務不履行による損害賠償義務を負う可能性があります。
【紛争リスクを回避するために】
居住目的の建物使用貸借や建物所有目的の土地使用貸借は、借主又はその相続人は長期間の使用を期待している反面、契約期間中に当事者間の関係が変容することも珍しくないため、非常に紛争リスクの高い契約といえるでしょう(特に後者)。上記のとおり、訴訟になることも多いですし、訴訟にならなくても、貸主が、本来支払う必要はないのに、立退料や建物の解体費用を支払って契約を終了させていることも多いと推測されます。
そのため、これらの使用貸借をしようとする場合、貸主としては、自身や借主が死亡した場合も想定して、以下の点に留意すべきでしょう。
- 本当に使用貸借で良いのか(賃貸借や売買にするべきではないか)
- 使用貸借にする場合、借主死亡によって終了すること、又はそれに代わる終期を明記すべきか
- 建物取壊費用をどうやって担保するか