2000年代前半頃から振り込め詐欺(※1)が社会問題となっていますが、振り込め詐欺の被害に遭ったという記事が、今でも毎日のように新聞に掲載されています。
※1 警察庁のサイトの用法では、「被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振込みその他の方法 により、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪(現金等を脅し取る恐喝及びキャッシュカード詐欺盗を含む)の総称」。
警察庁の発表によると、2024年は、認知件数、被害総額ともに、ここ10年で最も多かったようです(認知件数は約21,000件、被害総額は約719億円)。
振り込め詐欺に対しては、刑事処分がかなり厳しくなっていますが(初犯であっても実刑になる等)、犯人に刑罰が科されたからといって、被害者の被害が回復されるわけではありません。
【振り込め詐欺救済法による保護】
民事上の被害回復については、いわゆる振り込め詐欺救済法(犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払い等に関する法律)により、犯罪に利用された口座から犯罪被害回復金が支払われる手続が定められています。
このような手続が存在することはご存じの方も多いでしょうし、内容については多くのサイトで解説がされているので、ここでは解説を省略します。
例えば、預金保険機構のサイトでは、手続の流れが図で説明されています。
【口座名義人に対する責任追及の可否】
上記の振り込め詐欺救済法の手続とは別に、法律上、犯人グループに不法行為に基づいて損害賠償請求をすることは可能です。騙す行為(詐欺行為)が民法上の不法行為に当たり、詐欺行為を行った者に損害賠償責任が認められることは明らかです。
民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 |
しかし、詐欺行為を行った者は、ロマンス詐欺の場合は別ですが、使い捨てアカウントを用いている等の事情で、氏名や住所等を特定できないことが少なくありません。そのため、事実上、詐欺行為を行った者に損害賠償請求することは困難です。
他方、預金口座は本名で開設されているため、振り込め詐欺に利用された口座の名義人(口座名義人)の氏名や商号は本物ということになります。そのため、弁護士会を通して金融機関に照会することにより、口座名義人の正確な氏名や住所等を特定できることがあります。それでは、口座名義人に対して損害賠償請求することはできるでしょうか?
この問題は、①振り込め詐欺救済法による被害回復分配金の支払がされる前に(※2)、当該口座を差し押さえて被害額を回収したい、②口座名義人の他の財産を差し押さえて被害額を回収したい、といった場合に検討する意味があります。
※2 権利行使の届出等がされれば、振り込め詐欺救済法の手続は途中で終了します(法6条)。権利行使の届出等には、口座名義人や被害者による届出の他、①口座名義人による払戻しの訴えの提起(口座名義人の債権者が代位行使する場合も含む)、②強制執行、③仮差押え等の法的手続があります。
実は、被害者が口座名義人に対して損害賠償請求した訴訟は相当数あり、比較的簡単に請求が認められています。
裁判例の傾向は、以下のように整理できそうです。
【口座の譲渡は客観的には詐欺の幇助に当たる】
口座の通帳、届出印、キャッシュカードや暗証番号等、口座から預金を引き出すために必要なものを提供することは、詐欺行為の実行を容易にするもので、民法719条2項が定める不法行為の幇助(ほうじょ)に当たる。ただし、根拠条文を、民法709条(不法行為)、719条1項(共同不法行為)、又は719条2項(幇助)のいずれに求めても結論は変わらないので、厳密にどれかに特定する意味はありません。
民法719条
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【口座の譲渡について正当な理由のない限り、原則として過失が認められる】
振り込め詐欺や闇金業者等による預金口座の悪用が大きな社会問題となっていること、犯罪収益移転防止法で口座の譲渡が禁止され、これに罰則が科されていることからすると、口座名義人は、その口座が何らかの犯罪行為の手段として利用されることを防止するため、正当な理由なく預金口座を第三者に譲渡してはならないという注意義務を負っており、また、こうした譲渡の場合、特段の事情のない限り、譲渡した口座が犯罪行為等に利用されることの予見可能性が認められる。
つまり、正当な理由なく口座を譲渡した場合には、原則として過失が認められる。
【裁判例】
近時の裁判例を紹介します。
- 東京地判2023年2月22日
いわゆる振り込め詐欺や闇金業者等による預金口座の悪用が大きな社会問題となっている現状において、自己名義の預金口座のキャッシュカード及び暗証番号を第三者に提供する行為がおよそ通常の商取引からかい離した、犯罪につながりかねないものであることは、社会常識として一般に明らかといえる。そして、上記提供につき正当な理由となり得る事情も何らうかがわれないことからすれば、被告は、少なくとも上記提供により当該預金口座が不正に利用されることを認識し得たというべきである。それにもかかわらず、被告は、これを認識せずに漫然と上記提供をしたのであるから、過失により本件詐欺行為を幇助したものと認められる。 - 東京地判2024年2月22日
被告は被告口座を正体不明な第三者に譲渡したことを認めているところ、いわゆる振り込め詐欺や闇金業者等による預金口座の悪用が大きな社会問題となっている現状において、自己名義の預金口座を第三者に提供する行為は、およそ通常の商取引から乖離した、犯罪につながりかねないものであることは、社会常識として一般に明らかである。そして、被告による口座の提供につき正当な理由となり得る事情は何らうかがわれないことからすれば、被告は、少なくとも上記提供により被告口座が不正に利用されることを認識し得たというべきであるにもかかわらず、これを認識せずに漫然と提供したものと認められるから、少なくとも過失により本件詐欺行為を幇助したものと認められる。 - 東京地判2024年2月29日(被告が、借金で困っていたので口座を売却したと主張)
犯罪収益移転防止法28条2項では、他人名義の預貯金口座がいわゆる振り込め詐欺等の犯行の道具として使用されたり、犯罪による収益の隠匿に利用されることが社会問題化したことを踏まえ、他人になりすまして預貯金契約に係る役務の提供を受けたりこれを第三者にさせたりする目的があることを知りながら、預貯金通帳等を譲渡・提供した場合は勿論、通常の商取引等の正当な理由なく、有償で預貯金口座を他人に提供する行為等についても、刑罰をもって禁止されている。このような、口座の不正利用が社会問題化している現状及び法の制定等を踏まえると、通常の商取引等の正当な理由なく預貯金口座を第三者に譲渡する場合には、預貯金口座が不正利用されるなど犯罪につながりかねないことを容易に認識し得るというべきであり、正当な理由があるか確認をする義務があるというべきである。
本件では、被告は、その自認するところによれば、借金で困り、本件口座を売却したにすぎず、本件口座を売却するに当たり、第三者の本件口座の利用目的を確認したなどの事情はうかがわれず、他に、第三者が本件口座を譲り受け利用する正当な理由等があったとの事情は見当たらない。これらのことからすれば、被告において、本件口座を譲渡するに当たり、不正利用されることを容易に認識し得たにもかかわらず、確認もせずに、漫然と本件口座を譲渡したということができる。
したがって、被告が本件口座を譲渡したことにつき過失が認められ、かかる過失により、上記のとおり、氏名不詳者らの不法行為を容易にしたといえるから、氏名不詳者らとの共同不法行為が成立する。 - 東京地判2024年6月11日①(被告が、Twitterを見て、対価目的で口座を売却したと主張)
被告は、ツイッターに「返済不要でお金ほしい方」、「#ブラック可能」などと記載された投稿を行っていた者に対し、興味があるとして連絡をした上、銀行口座を買い取っている旨の提案及び税金対策で利用するとの説明を受けたため、当該者に対し、本件パスワード等を伝え、その対価の支払を受けたものと認められる。当該者の投稿内容等に加え、銀行口座は詐欺等の道具として利用されることも多いため、その開設には厳格な本人確認が必要とされ、銀行口座のパスワード等の一定の譲渡が犯罪とされていることなどからすれば、当該者は、詐欺等の違法な行為に利用するため、金銭的に困窮している者から多数の銀行口座を買い取っていると推認されるところ、このことは、被告においても当然認識し得たものである。
したがって、被告は、詐欺等の違法な行為に利用するために多数の銀行口座を買い取っていると推認される者に対し、本件パスワード等を売却したものであり、本件口座が本件詐欺等の違法行為に利用されるとの認識までは持っていなかったとはいえ、その認識を有しなかったことには過失があると認められるから、民法719条2項に基づき、本件詐欺により原告に生じた損害について、上記実行犯と連帯して支払うべき義務を負うものと認められる。 - 東京地判2024年6月11日②(被告が、生活費捻出のために口座を売却したと主張)
本件詐欺の当時、いわゆる振り込め詐欺による預金口座の悪用が社会問題となっていることは公知の事実であるところ、被告は、口座売却の理由について生活費を捻出するためとする一方、どのような経緯で、誰に対し、いくらで売却したかなどについて一切主張立証していない。口座売却にかかる被告の判断能力に特段の問題があったことをうかがう事情は見受けられないことを併せ考えれば、本件口座を開設した被告としては、自身の口座が何らかの犯罪行為の手段として利用されることを防止するため、第三者に、正当な理由なく他者において本件口座を介した金銭授受が可能となるような情報等を提供してはならないという注意義務を負っていたというべきである。しかしながら、被告は、同注意義務に違反して、第三者に対し、本件口座を売却したのであって、被告は、少なくとも過失により、本件詐欺の行為者である本件氏名不詳者を幇助した者といえる(719条2項)。 - 東京地判2024年8月27日(口座名義人である会社の代表者である被告が、会社の事業譲渡に伴って口座を譲渡したと主張)
本件詐欺の当時、いわゆる振り込め詐欺による預金口座の悪用が社会問題となっていることは公知の事実であるから、被告は、A社の代表者として、本件口座が何らかの犯罪行為の手段として利用されることを防止するため、第三者に、正当な理由なく他者において本件口座を介した金銭授受が可能となるような情報等を提供してはならないという注意義務を負っていたというべきである。被告は、本件口座の通帳を第三者に交付したのは、A社の事業譲渡に伴うものであると主張する。しかし、被告が提出する事業譲渡契約書は、譲渡対象の事業の内容や譲渡代金といった重要な事項の定めを欠いており、これをもって事業譲渡がされたことを認めるには足りない。また、この点を措いて、仮に事業譲渡のために通帳を交付する必要があったとしても、被告は、本件口座の口座名義を変更するなど犯罪行為に利用されることを防止する措置を一切講じないまま、第三者に通帳を交付し暗証番号を伝えているのであって、そのような行為は、正当な理由なく他者において本件口座を介した金銭授受が可能となるような情報等を提供する行為に当たるといわざるを得ない。したがって、被告は、上記注意義務に違反して、第三者に対し、本件口座を譲渡したというべきであって、被告は、少なくとも過失により、本件詐欺の行為者である本件氏名不詳者を幇助した者といえる(719条2項)。 - 富山地判2025年9月9日(口座名義人である会社とその代表者が、代表者が有する株式を譲渡しようとして会社の口座を騙し取られたと主張)
原告を欺罔した犯人は、原告が本件口座に振り込んだ金員を出金する手段を有していたことが明らかであり、被告代表者から直接又は関係者等を通じて本件口座の通帳や取引印、キャッシュカード等の譲渡を受けたものと推認できる。被告会社は、原告が振込みをした約3か月後に解散しており、本件口座の利用を継続する必要性が乏しかったと考えられることも、この推認に沿う。
これに対し、被告らは、被告代表者が有する被告会社の株式を売却しようとしたところ、本件口座を詐取されてしまったと主張するが、被告代表者が有する株式を売却するのであるから、売買代金を受領するのは当然被告代表者であって、売買代金を受領するために被告会社名義の本件口座の通帳や取引印を他人に渡したというのは不自然といわざるを得ない。被告らの主張はたやすく採用できず、ほかに前記推認を覆すに足りる事情は見当たらない。
他人の銀行口座の譲渡を受ける理由としては、詐欺等の犯罪その他の不法行為に利用することが容易に想定できるから、被告代表者は、本件口座を譲渡する際、本件口座が詐欺等に利用されることを予見していたか、少なくとも容易に予見することが可能であったものと認めるのが相当であり、被告代表者が本件口座を譲渡したことは不法行為に当たるというべきである。
【損害賠償請求するかどうかは慎重に】
口座名義人に対する損害賠償請求が認められたからといって、実際に回収できるとは限りません。というより、通常は、お金に困って口座を譲渡しているのでしょうから、口座名義人には目ぼしい財産がなく、実際に口座名義人から回収できる可能性は小さいでしょう。詐欺に利用された口座の残高を差し押さえるとしても、既に犯人が引き出していて十分な残高がないケースが多いでしょうし、仮に残高が十分あったとしても、他の被害者(債権者)が先に差し押さえて回収してしまう、又は差押えが競合する等により、十分な回収ができないかもしれません。
口座名義人が会社である場合、実際に口座を譲渡した者が不法行為を行ったことになります。そのため、実際に譲渡した者(通常は代表者でしょう)に対して民法719条2項(幇助)により損害賠償請求できます。しかし、会社が資金不足に陥っているのであれば、その代表者にも目ぼしい財産がない可能性は十分あるでしょう。
なお、口座名義人である会社に対しては、会社法350条に基づき、損害賠償請求することができます(※3)。上記6の判決は、口座名義人である会社の代表者の責任を、上記7の判決は、口座名義人である会社とその代表者の双方の責任を認めたものです。
※3 会社自体が不法行為をしたとして民法709条に基づいて損害賠償請求するという構成もあり得ますが、なるべく避けた方が良いと思います。
会社法350条
株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。 |
以上のとおり、会社や代表者の資力不足により、せっかく提訴して勝訴判決を得ても、回収できない可能性は十分あります。この場合、弁護士費用が無駄になり、金銭的な損失を拡大させる結果になってしまいます。口座名義人等に対して損害賠償請求するかどうかは、慎重に検討する必要があります。