違法な逮捕と勾留

富山市内に居住していたベトナム人の方が遺体で発見された事件で、被疑者に対する死体遺棄容疑での勾留が準抗告により取り消され、殺人容疑での勾留請求も却下された、というニュースがありました。

【勾留(こうりゅう)とは】

警察官が被疑者を逮捕した場合、引き続き身柄拘束の必要があると考えれば、48時間以内に検察官に身柄を送致します(送検。刑訴法203条1項)。

検察官は、引き続き身柄拘束をして捜査をしたいと考えれば、送致されてから24時間以内に、被疑者を勾留するために、裁判官に勾留状を請求します(204条1項)。

裁判官は、「罪を犯したと疑うに足りる相当の理由」が認められるか、証拠隠滅や逃亡のおそれが認められるか等を審査し、被疑者を勾留するかどうか判断します(207条1項、60条)。

勾留の期間は原則10日間ですが、更に10日間延長されることもあります。検察官は、勾留の期間が終わるまでに、起訴するかどうかを決めます(208条)。

勾留についての裁判官の判断が誤っていると考えれば、準抗告【じゅんこうこく】という不服申立てができます(429条1項)。勾留請求が不当に認められたと考えれば弁護人が、不当に却下されたと考えれば検察官が、準抗告をします。

【逮捕が違法である場合】

実務上、勾留に先立つ逮捕の手続に重大な違法があれば、「罪を犯したと疑うに足りる相当の理由」や証拠隠滅・逃亡のおそれが認められたとしても、勾留を認めるべきでないと考えられています。
それほど多くあるわけではありませんが、実際に逮捕手続の違法を理由に勾留を認めなかった裁判例もあります(後述のとおり、この中にはかつての富山地裁の決定も含まれています)。

被疑者を勾留する前には逮捕をしなければならないことになっているのですが(逮捕前置主義といいます)、ここでの逮捕は適法であることが当然の前提である、という形式的な説明もされますが、勾留請求を認めないという一種のペナルティを科すことで、違法な逮捕の抑止が期待できる、というのが大きな理由とされています。

ニュースによると、県警が、死体遺棄容疑での逮捕の前に、6夜にわたって県警が手配したホテルに宿泊させ(監視付とのことです)、長時間の取調べをした、という事情があり、弁護人が死体遺棄容疑での勾留について準抗告の申立てをしたところ、地裁がこれを認めて勾留を取り消した、ということのようです。

地裁は、この宿泊を伴う取調べが実質的には逮捕(したがって、令状によらない違法な逮捕)であって、違法性は重大だと考えたものと思われます。

実は、富山県警には、以前にも、違法な逮捕をして、そのために勾留請求を却下され、検察官による準抗告も棄却されたということがあります(富山地裁の昭和54年7月26日の決定)。刑事訴訟法を学習する際に必ず登場する有名な裁判例です。本件での逮捕手続が違法であることはわかっていた(少なくとも容易に分かる)はずですし、同じ誤りを繰り返しているということですから、強い非難を免れないでしょう。

本件では、検察は、準抗告が認められた後、殺人容疑で勾留請求をしましたが、裁判所が却下し、検察官の準抗告も棄却されたとのことです。準抗告を受けた富山地裁(2022.5.30決定)は、「連日、捜査官に監視されている状態でホテルに宿泊し、そのホテルに捜査官が迎えに来て警察署に連れていかれ、長時間取調べを受け、休憩時間も常に捜査官が付近にいた上、またホテルに戻っても監視されるという環境に置かれていた被疑者において、任意同行を拒もうと思えば拒むことができ、取調べの途中から帰ろうと思えば帰ることができた状況にあったとは到底いえず、かかる状況は実質的に逮捕と同視し得る。」と認定しました。また、この実質逮捕の被疑事実には、死体遺棄だけでなく殺人も含まれるとしました。

【補足】

なお、被疑者は、死体遺棄容疑で起訴され、現在勾留されており、地検は、今後殺人容疑については任意で捜査を続ける、とコメントしている、とのことです。

2点補足しておきます。

① 死体遺棄容疑での勾留が取り消され、殺人容疑での勾留請求も却下された、というのに、なぜ勾留されているのか、と思われるかもしれません。

確かに分かりづらいですが、起訴されたので、裁判官が職権で(検察官の請求によらずに)勾留したものと思われます(刑訴法60条。補足2を参照)。

② 実務上、逮捕・勾留された被疑者には取調べに応じる義務(取調受忍義務)があるとされています。

今回は、殺人容疑では勾留されていないので、被疑者は、殺人容疑について取調べに応じる義務がなく、県警や検察官としては、取調べに応じるよう求めるしかない(いわゆる任意の取調べ)、ということになります。
普通に考えれば、上記のように違法な逮捕をされている以上、被疑者が取調べに応じることはないでしょう。

検察官としては、主に、凶器の種類やキズの数、部位、状態等の状況証拠から、殺意(殺人の故意)を立証できるか検討していくことになります(もっとも、被疑者は殺意を否認しているようですし、自白に頼らない捜査をすべきですから、殺人での勾留が認められたとしても、捜査機関は状況証拠から殺意を立証できるかに重点を置くべきです)。

【補足2】

6月5日の朝刊で、死体遺棄容疑での起訴後勾留について弁護人が準抗告をしたところ、棄却されており、弁護人が最高裁に特別抗告をし、他方、殺人容疑での勾留について準抗告を棄却された検察官が、最高裁に特別抗告をした、との記事がありました。

私の知る限り、逮捕手続に重大な違法がある場合,起訴後勾留は認められるか、という論点についての議論はなく、裁判例もありません。

おそらく,弁護人としては、違法逮捕を抑止するためには、起訴後勾留も認めるべきでない(起訴後の勾留を認めるのであれば、起訴前の勾留を認めないことは違法逮捕抑止につながらない)、などと主張しているのでしょう。

他方、起訴後勾留を認める理屈としては、以下のようなものが考えられるでしょう。

  1. 起訴前勾留は(違法逮捕を行った)捜査機関による請求だから却下できるが、起訴後勾留は(違法逮捕には関わっていない)裁判官が職権で行うものである。
  2. 起訴前勾留と異なり、起訴後勾留は逮捕を前提としていない。
  3. 起訴前勾留を否定すれば、捜査機関には被疑者の身柄を拘束した状態で捜査ができなくなるという不利益があるが、起訴されれば捜査は終了している。そのため、起訴後勾留を否定しても捜査機関にとって不利益とならず、違法逮捕抑止につながらない(換言すれば、違法捜査抑止のためには起訴前勾留を否定すれば足りる)。

富山地裁(2020.6.2)は、一旦釈放されて違法な身柄拘束状態は解消されているし、それにより手続の違法性が明らかとなっており、相当程度違法捜査が抑止されることになる、と判断したようです。

最高裁の判断が注目されます。

【補足3】

6月11日の朝刊で、弁護人と検察官の特別抗告がいずれも棄却されたとの記事がありました(2020.6.8決定)。

死体遺棄容疑での起訴後勾留を認める決定、殺人容疑での起訴前勾留請求を却下する決定のいずれも維持されたということです。

最高裁の判断の理由は明らかではないようですが、【補足2】のとおり、理屈から言えば、違法逮捕により起訴前勾留が否定されたからといって、直ちに起訴後勾留を認めないことにはならないのでしょう。

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