現行民法では、夫婦が離婚した場合、どちらか一方しか子の親権者になることができません(民法819条)。単独親権制といいます。
諸外国では、離婚した夫婦の双方が親権を有する「共同親権」を認めるところも多いようです。ただし、「親権」という名称ではないこともあります。例えば、ドイツでは「親の配慮(権)」(elterliche Sorge)、オーストラリアでは「親責任」(Parental Responsibility)というようです。「権利」の側面が後退しているということです。
2018年7月に、法務省が離婚後共同親権の導入を検討すると発表しました。市民の間でも共同親権をめぐる議論が活発になり、書店でも、共同親権について、積極(賛成)・消極(反対)それぞれの立場から論じるものが目に付くようになりました。
単独親権しか認めない現行法が養育権を不当に侵害して違憲であるとする国家賠償請求訴訟も提起されました。
東京地裁2023.6.22判決は、親権は憲法上の人権ではない上、養育権はその内容も不明確で憲法上の権利とは言えない、子の父母が離婚するに至った場合には、父母が別居し、両名の人間関係も必ずしも良好なものではない状況となることが通常想定されることから、そのような両名が共同で親権を行使し、子の養育に関する事項を決するものとしたときは、類型的に、両名の間で十分な意思の疎通をし、的確な検討を踏まえて、適時に適切な合意を形成することができず、子の利益を損なうおそれがあるものと認められる、などとして請求棄却。
原告が控訴しましたが、東京高裁2023.12.25判決は控訴を棄却しました。
多くの論点があり、網羅的ではありませんが、整理してみました。なお、結婚していないカップルや出生前に離婚した夫婦の親権については検討の対象外です。
ここで簡単にまとめておくと、離婚後の共同親権制を設けるべきとする積極説の論拠は、大きくは、①親権は親の当然の権利であり、離婚したからといって奪われるのはおかしい、②共同親権にすると様々なメリットがある(離婚の際の対立が緩和される、子の連れ去りやDVの捏造が抑制される、子の共同養育、面会交流や養育費の支払が促進される、同居親による虐待の発見に繋がる等)、③共同親権を望む元夫婦の選択肢を奪うべきではない、④諸外国でも、共同親権を認めている国が多い、というものに分かれそうです。
消極説からは、それぞれ、①親権は親の権利ではなく責任である、②共同親権制の必要性を裏付ける事実(立法事実)は認められない、むしろ、DVの継続や親権が適時適切に行使されずに子の不利益となる事態をもたらすなど、デメリットの方が大きい、③単独親権制でも、実質的に親権を共同して行使すること(共同養育)は可能であるから共同親権制は不要、共同親権を望む元夫婦の選択肢を奪うべきでないというのであれば、もし共同親権制を認めるとしても、当事者の合意を条件とすべき(当事者の合意がないのに裁判所が共同親権を認めるべきではない)、④導入国とは事情が異なるし、導入国でも問題が指摘されている、と反論されます。
なお、対象となる共同親権制は、①当事者は、離婚時、協議により、一方の単独親権か共同親権かを選択できる、②協議が調わない場合、裁判所が、子の利益を考慮して、一方の単独親権か共同親権かを判断する(子の利益になるのであれば、一方当事者が反対しても、共同親権を定めることができる)、というものを想定します。
【追記】
2024年1月30日、法制審議会の家族法制部会が、共同親権を可能とする民法改正要綱案をまとめ、今国会で改正案が提出される見込みとの報道がありました。
要綱案は、上記の想定と大きく変わりませんが、具体化された部分があります。
家裁が単独親権か共同親権かを定める場合、①父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれや②父母の一方が他方から暴力や心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれがあるには、単独親権を定めなければならない、とのことです。
親権の行使については、共同親権の場合、①日常的な事項は一方が単独で決定できる、②居所、進学や病気の長期的治療などの重要事項は父母の協議で決めるが、急迫の事情がある場合には一方が単独で決定できる、とのことです。
【追記2】
改正法案は、2024年3月8日に衆議院に提出され、4月16日に可決されました(附則の修正と附帯決議があります)。
法案はこちら。
【追記3】
改正法案は、2024年5月16日に参議院で可決されました。
公布から2年以内に施行とのことです。
改正法では、当事者間の合意がなくても、裁判所が共同親権を決定することがあり得ることとなっています。
そのため、改正後は、主たる監護者ではなかったために単独親権を取得できる見込みがない側(多くは夫)が共同親権を求め、主たる監護者であった側(多くは妻)が単独親権を求める形の紛争が生じると予想されます。
今後、裁判所が、かつて面会交流について原則実施の立場にあったが最近は変わってきたと言われるように(※1)、共同親権か単独親権かについて、原則共同親権と判断するのか、それとも一応ニュートラルに判断するのか、運用が注目されます。
さしあたりは、既に離婚した夫婦のうちの非親権者からの共同親権を求める申立てがどの程度なされるか、も気になるところです。
※1 面会交流についての考え方については、こちらのブログをご参照ください。
論点 | 積極説 | 消極説 |
親権は憲法により保障された親の人権か。共同親権を原則とすべきか。なお、民法820条は「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」としています。 | ①子を育て、子の成長を身近で感じることは、人の本能的欲求であり、その自己実現に資する。親権は幸福追求権として憲法により保障されている。少なくとも、憲法上尊重すべき人格的利益である。したがって、子の利益に反する等の特段の事情のない限り、離婚したからといって親権を剥奪されるべきでない(共同親権を原則とすべき)。②法律家は、離婚後の元夫婦が親権行使について適時・適切に合意することが一般的・類型的に期待できるとは言えないとするが、それは、法律家は当事者間での協議が成立しない紛争性の強い事件しか見ていないからであり、世の中の離婚は、そうでないものの方がはるかに多い。 | ①親権は親の利益のためではなく子の利益のために行使することが求められており、親の自己実現のために認められるものではない。②親権が憲法上の人権であれば、親権を行使するか否かは親の自由である。しかし、親権は義務でもあり、行使しない自由は認められない(子の利益のために適切に行使しなければならない)。他の憲法上の人権とは性質が異なる。③単独親権か共同親権かは、親の権利ではなく子の利益の観点から決すべきであるが、離婚後の元夫婦が親権行使について適時・適切に合意をすることが一般的・類型的に期待できるとは言えないから、共同親権を原則にすべきではない(仮に共同親権を認めるとしても、信頼関係が失われたから離婚する夫婦が多いのであるから、単独親権を原則とすべき)。 |
共同親権が認められれば、親権をめぐる父母間の争いが解消され、対立が緩和されるか | 単独親権制だと、離婚後にどちらが親権者になるか深刻な争いとなり得る。共同親権が認められれば、こうした争いを避けられる。例えば、共同親権制が導入された場合、夫が、本当は監護権を求めたいが、共同親権にして自分も親権を持てるならば妻を監護者にしても良い、と考え、他方、妻が本当は単独親権を希望するが、紛争にするよりは共同親権の方が良いと考え、双方妥協することで紛争が回避されるケースが考えられる。 | ①共同親権が認められれば、単独親権制下では、監護実績がなく親権を諦めていた者(多くは夫)が、共同親権を希望するようになり、単独親権を望む他方と争いが生じることが予想されるから、むしろ紛争は増加する。共同親権に合意しても、どちらが子と同居して養育するか(監護者となるか)についての争いは避けられない。②左記の例は、正に、現行法下で、親権と監護権の分属(別々に帰属させること)として不適切とされてきたケースと同じである。また、一旦左記のように合意しても、適時適切に親権の共同行使ができず、後に妻が単独親権への変更を求めることがあり得、結局、紛争を先延ばしにするだけである。 |
単独親権は(多くは妻による)子の連れ去り(同居中の夫婦の一方が子を連れて家を出ること)やDVの捏造を促進するか | ①子を連れて家を出ることにより監護実績を作ると親権取得に有利になると考えられていることが、子を連れて家を出るインセンティブになっている。共同親権が認められれば、このインセンティブが失われ、子の連れ去りが抑制される。②DVについても同じことが言え、親権取得のためにDVを捏造する者がいる。共同親権が認められれば、DV捏造が抑制される。 | ①親権者を決める主な基準は、主としてどちらが子の監護をしてきたか(「主たる監護者」基準)であり、子の連れ去りが親権取得に有利に働くわけではない(主たる監護者でない親が子を連れ去って監護を始めても、主たる監護者からの子の引渡請求が認められることが多い)。左記は誤解である、②共同親権にした場合でも、通常は、監護者をどちらかに決める必要がある。子の連れ去りによる監護実績が親権取得に有利になるのであれば、監護権取得にも有利となるはず。結局、監護権をめぐって同じ問題が生じる。③そもそも、他方配偶者と同居が困難となった主たる監護者が、子との愛着関係を切断しないために子を連れて家を出ることは、子の利益になり、抑制すべきものではない。裁判所も違法とは考えない。④DVについては、親権者の決定においては「主たる監護者」基準が重要であるから、DVは大きな争点とならない。逆に、DVは親権の共同行使を困難にする事情だから、共同親権制はDVの有無をめぐる争いを激化させる。 |
共同親権は、離婚後の子育ての共同や面会交流を促進するか。監護親による虐待を抑止するか。 | 現在、非親権者が面会交流を希望しても実現しないケースがあるのは、単独親権制だからである。共同親権が認められ、非監護親も親権者となれば、非監護親が子育てに積極的になり、監護親が面会交流に積極的になることが期待できる。面会交流が促進されれば養育費の支払も促進され、監護親による虐待も防止できる。 | ①現行の単独親権制の下でも、面会交流については調停の申立が可能で、子の福祉に反しない限りは面会交流を認める運用がされている。面会交流のために共同親権を認める必要はない。②子育ての共同や面会交流が実現しないのは、そもそも結婚中も共同して子育てをしていない、親権者と非親権者の信頼関係が喪失されている、子と非親権者との関係が良好でない、などが理由であって、単独親権制だからではない。共同親権になったからといって、上記状況が改善されるわけではない。逆に、結婚中も共同して子育てをし、離婚後も元夫婦間の信頼関係が維持され、子と非親権者の関係も良好であれば、単独親権であっても共同養育や面会交流が実現する。このような元夫婦の一方から共同親権を求める声は聞かれない。 |
共同親権は養育費の支払を促進するか | 共同親権が認められ、非監護親も親権者となれば、親としての義務・責任を強く感じ、養育費の支払に積極的になると期待される。 | ①養育費の支払義務の根拠は親としての扶養義務(民法877条1項)であり、親権者だから支払義務を負うのではない。養育費を滞納する者が、親権者になったら支払うという裏付けはない。親権と養育費は無関係である。②養育費の未払問題は、国や自治体の立替払制度、不払いに対するペナルティ、強制執行の容易化などにより解決すべきである。 |
元夫婦が共同して親権を行使することは可能か(親権について適時に適切な合意を形成することが可能か)、共同親権を認めるということは、非監護親に監護親の決定に対する拒否権を持たせることを意味するが、それで良いか。 | ①共同親権に真摯に合意する関係であれば、親権の共同行使も可能である。裁判所が共同親権が適切と認めた場合も同様である。②共同親権が認められれば、相手方のことが嫌いといった感情的な理由のみで共同養育に消極的だった親の意識が変わることが期待できる、③双方の意見が一致しない場合には、それを調整するルールを定めておけば良い(この点は、日常の事項や急迫の事情がある場合には一方のみで決定できるルールになりそうです)。 | ①裁判所によって共同親権が命じられる場合、適時適切な合意形成は難しい(法律や裁判で人の心は変えられない)。②共同親権に真摯に合意するだけの信頼関係が維持されていれば、現行法でも、親権者が非親権者と協力して子を養育することができる(わざわざ共同親権の制度を設ける必要はない)。③子の利益を最もよく考えることができるのは子と同居する監護親であり、非監護親に監護親と同等の決定権を認めるべきでない(拒否権という強い権利を認めるべきでない)。現在でも親権と監護権の分属は不適切であり、監護者が親権を行使すべきと考えられている。④急迫の事情があれば親権者の一方が決定できるといっても、転居や進学の場合、余裕を持って決定できないことになり、不都合である。 |
DVなどがある場合、早期に離婚したいために、真意に反して共同親権の合意をしてしまうことはないか。その結果、DVなどが継続されないか。 | ①真意に基づく合意が認められるのであれば、共同親権を否定すべきではない。真意を確認する手続を設けることも考えられる。②一方当事者が反対しても、家庭裁判所が慎重に判断した結果であれば、共同親権を認めてよい。③捏造の可能性もあるのだから、証拠がない限りDVを認定しないのは当然。④真意に反する合意がされる可能性があるのは、単独親権制でも同じ(真意に反して親権を諦めることはあり得る)。⑤真意に反する合意がされたとしても、共同親権から単独親権に変更できるルールにより対処できる。⑤共同親権制が正しいのであれば、裁判所の人員を増やす等して対応すべき。裁判所の負担増は理由にならない。 |
①合意が真意に基づくものであるかを確認することは困難。裁判所がDVなどの共同親権を不適切とする事情を常に認定できるとは限らない。他国のように、DVなどを立証できなかった場合に虚偽DVを主張する非友好的な親であるとみなされ、相手方の単独親権を指定されるリスクを心配し、DVなどの主張を諦めて共同親権を受け容れる、または離婚を諦めるケースが生じ得る。共同親権制を認めるとしても、当事者の合意が必要で、それを確認する手続が必要。②こうしたリスクがある一方で、共同親権を認めるメリットは極めて小さいのであるから、多大なコストを掛けてまで制度を変更すべきではない(法律を改正することのコストだけでなく、共同親権を認めると、家庭裁判所の負担が極めて大きくなることが予想される)。 |
諸外国の状況 |
法務省(2020.4)によると、G20を含む海外24カ国のうち、印及びトルコでは単独親権のみが認められているが、その他の多くの国では単独親権だけでなく共同親権も認められている。 共同親権を認めている国の中では,①裁判所の判断等がない限り原則として共同親権とする国(伊、豪、独、フィリピン、仏等),②父母の協議により単独親権とすることもできるとする国(加ブリティッシュコロンビア州、スペイン等)、③共同で親権を行使することはまれであるとされる国(インドネシア)の例がある。 なお、英及び南アフリカでは、父母のいずれもが、それぞれの親権を単独で行使することができる。 |
①日本では、婚姻関係が破綻した元夫婦が共同して親権を行使することは難しい。親権と監護権の分属が選択されることがないのは、その証左である。②他国の共同監護制度は、子どもの利益になっていない実態が報告され、各国で法改正が繰り返されている。 |