民法等が改正され、2026(令和8)年4月1日から、新しい養育費等の制度が始まりました。
これまで、養育費を支払わない相手方の財産を差し押さえたい場合、公正証書を作成していなければ、調停や審判等の裁判手続(以下「調停等」といいます)を経て、裁判所に強制執行に基づく差押えを求める必要がありました(※1)。また、相手方の財産や収入が不明の場合に利用できる制度として、財産開示手続や第三者情報取得手続がありますが、これらはそれぞれ独立した手続であり、かつ、第三者情報取得手続は財産開示手続の先行が必要な場合があるため、かなり時間と手間がかかっていました。
※1 強制執行をするためには、公正証書や調停等により作成される調停調書等によって具体的な請求権が公証されていることが必要で、これらの公証文書を債務名義といいます(民事執行法22条)。
例えば、相手方と養育費の合意をしていない、又は合意をしたが公正証書は作成していない状況で、養育費が支払われないため、調停の申立てをして、無事調停が成立したとします。それでも相手方が支払を滞るようになった場合、相手方の勤務先がわかっていれば通常は給料の差押えをします。給料であれば、毎月勤務先から直接支払を受けることができるからです。しかし、相手方が既に退職しており、転職先がわからない場合、まずは①例えば預金の差押えをし、しかし金融機関からの回答により残高が乏しいことが判明してから(※2)、②裁判所に財産開示手続の申立てをし、相手方が出頭しなかったりして財産や勤務先が判明しなかった場合には(※3)、③裁判所に給与等に係る第三者情報取得手続の申立てをし、それでようやく勤務先が判明して④給与の差押えができるようになっていたのです(ただし、①に至らず諦める、または①で諦めるケースも多かったと思われます)。
今回の改正により、養育費について、(1)公正証書や調停等がなくても一定額の養育費の具体的な請求権が認められ(法定養育費)、(2)一定限度で調停等によらない差押えが可能となり、かつ、優先弁済権が認められ(先取特権の付与)、(3)財産開示手続から給与の差押えを一度の手続(ワンストップ)でできるようになりました。(2)と(3)については、婚姻費用のうちの養育費相当額も同様に扱われます。
※2 財産開示手続の申立ての前に預金差押えをしているのは、民事執行法197条1項により、財産開示手続が実施されるためには、強制執行によっても全額を回収できないこと等が要件とされているためです。
※3 給与等に係る第三者情報取得手続の申立ての前に財産開示手続の申立てをしているのは、財産開示手続が実施されてから3年以内に申し立てることが要件とされているからです(民事執行法206条3項、205条2項)。
【法定養育費】
民法では、「父母が協議上の離婚をするときは、・・・・・・子の監護に要する費用の分担・・・・・・は、その協議で定める。」(766条1項)とされています。実務上、養育費の額は、双方の収入を基礎として標準算定方式で算出されることが多いのですが、これは民法で規定されているわけではなく、離婚をすれば当然にこの標準算定方式で算出された額の養育費請求権が発生するわけではありません。具体的な養育費請求権は、あくまで協議や調停等によって初めて発生するとされています。
今回の改正民法では、これが改められ、養育費の合意をしないで離婚した場合、一定額の養育費請求権が離婚によって当然に発生すると認められました(民法766条の3第1項)。これを法定養育費といいます。法定養育費の額は法務省令で定められますが、まずは子1人当たり月2万円と定められました(※4)。なお、法定養育費と対比して、これまでどおりの協議や調停等によって定められる養育費を形成養育費といいます。離婚前に養育費の合意をすると、法定養育費ではなく形成養育費に分類されます(後述のように、形成養育費にも先取特権が認められますが、それを証明する文書に違いが生じます)。
法定養育費は、2026年4月1日以後に離婚した場合に認められます(改正法附則3条2項)。
民法766条の3第1項
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父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合には、父母の一方であって離婚の時から引き続きその子の監護を主として行うものは、他の一方に対し、離婚の日から、次に掲げる日のいずれか早い日までの間、毎月末に、その子の監護に要する費用の分担として、父母の扶養を受けるべき子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用の額その他の事情を勘案して子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定した額の支払を請求することができる。ただし、当該他の一方は、支払能力を欠くためにその支払をすることができないこと又はその支払をすることによってその生活が著しく窮迫することを証明したときは、その全部又は一部の支払を拒むことができる。 |
※4 民法第308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令2条1項(「民法第766条の3第1項に規定する法務省令で定めるところにより算定した額は、2万円に同項の規定による請求をする父母の一方が離婚の時から引き続き監護を主として行う子の数を乗じて得た額とする。」)
【差押えの容易化】
改正前は、協議によって養育費の額が定められ、その意味で具体的な養育費請求権が発生していても、差押えのためには更に公正証書を作成するか、調停等を経る必要がありました。
上記のとおり、今回の改正で法定養育費が認められましたが、結局差押えのために従前と同じ手続が必要になるのであれば、あまり意味がありません。今回の改正のポイントの1つは、公正証書や調停調書等の債務名義がなくても養育費請求権に基づく差押えが可能になったという点にあります(後述のとおり限度額はあります)。
どういうことかというと、養育費に一般先取特権という担保権が付与されたのです(民法306条3号、308条の2第3号)。差押えのルートには、債務名義に基づく強制執行(民事執行法22条以下)と担保権の実行(民事執行法180条以下)とがありますが、これまでは、養育費請求権に基づく差押えは、公正証書や調停調書等を債務名義とする強制執行によっていました。逆に言えば、強制執行のルートしかなかったので、公正証書や調停調書等の債務名義が必要だったのです。担保権の実行とは、抵当権に基づく不動産競売が典型で、担保権を証する文書(抵当権の場合は、不動産の登記簿謄本)があれば差押えができます。今回の改正は、養育費に担保権の一種である一般先取特権(※5)を付与することで、担保権の実行による差押えを可能にしたのです。なお、先取特権が認められる金額は、法務省令で定められますが、まずは子1人当たり月8万円と定められました(※6)。法定養育費が認められるのは子1人当たり月2万円なので、法定養育費全額について一般先取特権に基づく差押えができることになります。
婚姻費用のうちの養育費相当分についても、養育費と同様の一般先取特権が認められます(民法306条3号、308の2第1号2号)。
先取特権は、2026年4月1日より前に離婚しているか否かを問わず、この日以後の分の養育費等に付与されます(改正法附則3条1項)。
民法308条の2
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子の監護の費用の先取特権は、次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権の各期における定期金のうち子の監護に要する費用として相当な額(子の監護に要する標準的な費用その他の事情を勘案して当該定期金により扶養を受けるべき子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定した額)について存在する。 |
※5 先取特権とは、法律によって特定の債権に認められる担保権の一種です(民法303条)。担保権(担保物権)とは、債務者等の財産から優先的に弁済を受ける権利で、抵当権が典型です。抵当権は債権者と債務者等の合意によって成立するので、約定担保物権といい、これに対し、先取特権のような合意によらずに認められる担保権を約定担保物権といいます。先取特権には、担保となる財産の範囲で更に分類され、担保が限定されていない一般先取特権、動産を担保とする動産先取特権、不動産を担保とする不動産先取特権があります。今回の改正で養育費に付与されたのは一般先取特権です。そのため、不動産、預貯金、給与等の全ての財産が差押えの対象になります(ただし、差押禁止財産は除きます)。
※6 民法第308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令1条(「民法第308条の2に規定する法務省令で定めるところにより算定した額は、1月当たり8万円に同条に規定する定期金により扶養を受けるべき子の数を乗じて得た額とする。」)
それでは、養育費に付与される先取特権を証する文書とはどのようなものでしょうか。これが容易に入手・作成できるのであれば、養育費に基づく差押えのハードルがかなり低くなります。
法定養育費の場合は、①債権者と債務者が協議上の離婚等をしたこと、②債権者と債務者との間に未成年の子がいること、③債権者が離婚等の時から引き続きその子の監護を主として行っていることが要件となるので(民法766条の3第1項)、これらを証する文書が必要となります。④養育費の定めをしないで離婚をしたことは、積極的な要件とはされないようです。そこで、①から③を証明できる文書が必要ですが、具体的には、離婚をした後の戸籍で①と②が証明できます。③は、債権者と未成年者の子が同一世帯に属する住民票で証明できます。DV等で住民票の異動が難しい場合は、債権者が保育園や学校等と継続的にやり取りしてきたことが分かる資料やその子が債権者の同居者として記載された自宅の不動産賃貸借契約書等の資料が考えられます。公正証書や調停調書等の債務名義よりは、格段に入手が容易であると思われます。
形成養育費の場合は、公正証書や調停調書等の債務名義は当然担保権を証する文書に当たります。問題は、公正証書によらない合意書(離婚協議書等)が担保権を証する文書として認められるか、です。合意書が債務者の意思によって作成されたかどうかを証明する必要があるため(※7)、例えば印鑑登録証明書や債務者自身の署名であることがわかる資料(離婚届や契約書等)を添付する必要があると思われます。ただし、離婚届や契約書等の場合、その署名が債務者によるものであることを更に証明する必要があるので、簡単ではなさそうです。今後は離婚協議書には実印を押してもらい、印鑑証明書も提出してもらう必要があるでしょう。婚姻費用の場合には、養育費相当分について先取特権が認められますが、この養育費相当分を証するためには、合意書で子の数と養育費に相当する部分が含まれていることを明らかにする必要があります。
※7 民事執行法20条、民事訴訟法228条1項。
【優先弁済権】
養育費について、一定限度で先取特権が認められたことは、差押えが簡単になったという点以外にも、大きなメリットがあります。それは、強制執行とは異なり、他の一般の債権(例えば貸金)よりも優先して弁済を受けることができるという点です(これを担保権の優先弁済権といいます)。例えば、調停等に基づいて給与の差押えをしたが、貸金業者も同じように差押えをした場合、差し押さえられた給与が債権額で按分されることになります。しかし、今後は、養育費に先取特権が付与されたため、その範囲では、貸金業者の貸金等よりも優先して弁済を受けることができることになります(※8)。
※8 具体的には、貸金業者等による差押えが先行する場合は、一定の時期までに、担保権の実行に基づく差押えをするか、先取特権を証する文書を提出して配当要求をすることになります(給与等の債権差押えの場合は、民事執行法154条1項、165条)。
形成養育費の場合には、公正証書や調停調書等があれば、従前の強制執行としての差押えも可能です。しかし、今後は、一般先取特権が認められる範囲(子1人当たり8万円)では、担保権に基づく実行を選択することになるでしょう。
【ワンストップ執行手続】
今回の改正により、養育費について、債務名義がある範囲か先取特権が付与されている範囲(法定養育費または形成養育費のうち子1人当たり8万円まで)において、①財産開示、②給与等に係る第三者情報取得手続、③給与の差押えが、一度の申立てでできることになりました。
簡単な流れは以下のようになります。
(1)財産開示の申立てをした場合、債権者があえて拒否しない限り、債務者が財産を開示しなかければ自動的に給与等に係る第三者情報取得手続に移行し、債務者が給与を開示すれば自動的にその給与の差押えに移行します。(民事執行法167条の17、193条2項)。
(2)自動的に給与等に係る第三者情報取得手続に移行した場合、または債権者がこの手続の申立てをした場合、債権者があえて拒否しない限り、明らかになった給与について、自動的に差押えに移行します。
このように、執行手続の利便性が高まりましたが、財産開示の申立てをするためには、強制執行によっても全額を回収できないこと等が必要とされていることに変わりはないので(※2)、この点は注意が必要です。