民事執行法の改正

民事執行法が改正され、今年の4月1日から施行されました。

判決などで支払義務が認められた債権の回収を容易にするための改正が含まれます。
特に、婚姻費用や養育費にとって大きな影響があります。

以下、養育費を例にとってお話しします。
ある程度知識のある方は,次の【養育費の回収の方法】を飛ばしてお読みください。

【養育費の回収の方法】

離婚した夫婦に未成年の子がいる場合、子を引き取った方の親(親権者)は、他方の親(非親権者)に養育費を請求することができます。
養育費の額は、基本的には子の年齢と双方の親の収入によって決まります(ご存じの方もおられると思いますが、裁判所で用いられる算定表が昨年12月に改訂されました)。

養育費の取決め

養育費の取決め方には様々な方法があります。

協議離婚が成立しない場合には,離婚のために調停が行われます。
話合いがうまくいけば調停が成立しますが、調停が成立しなければ訴訟に移行します。
訴訟の段階でも、再度話合いをして和解が成立する場合もあります。和解が成立しなければ判決がされます。これらの手続で、通常は離婚と同時に養育費が決まります。

協議離婚が成立した場合には、その際に養育費の額も決めることもあれば,離婚することを優先して養育費の額を決めていないこともあります。
この場合に、非親権者が決められた養育費を支払ってくれない、または協議に応じてくれないと、親権者が養育費の支払を求めて調停を申し立てることになます。
折り合いが付けば調停が成立しますし、折り合いが付かない、または非親権者が裁判所に出頭しない場合には、家庭裁判所が審判という形で判断を示します。

ただし、協議離婚の場合でも、公正証書を作り、非親権者が裁判手続を経ずに差押えをされても異議を述べない旨の文言を入れておけば、わざわざ調停を申し立てる必要はありません。こうした文言がある公正証書を特別に執行証書といいます。

強制執行(差押え)

判決、和解、調停、審判または執行証書などがあるのに非親権者が支払をしない場合、親権者は非親権者の財産を差し押さえることができます(あまりよい日本語ではありませんが、判決など差押えの根拠となるものを債務名義といいます)。

差押えのためには、裁判所に申立書を提出します。差し押さえることができる財産の典型は、不動産、預貯金、給与です。

注意が必要なのは、親権者の側が差し押さえて欲しい財産を具体的に決める必要がある、という点です。
つまり、不動産であれば所在地など、預貯金であれば金融機関名と支店名、給与であれば勤務先を、申立書の目録に記載する必要があります。

なお、養育費などの場合、差押えだけでなく、支払をしない場合に裁判所が一定額の金銭の支払を命じるという間接強制の手続もありますが、ほとんど利用されていないようです。

【これまでの調査方法】

親権者としては、債務名義を得ている場合、法律上の手続で、非親権者の財産を調べることができます。

財産開示

民事執行法に定められた方法としては、財産開示があります。

財産開示とは、裁判所が相手方を裁判所に呼び出してどのような財産をもっているか説明させる、という手続です。

しかし、呼出に応じる人は皆無で、全くと言っていて良いほど実効性のない手続でした(呼び出す裁判所も相手方が呼出に応じるとは思っていないのですから、問題のある手続だったといえます)。

弁護士会照会

そこで、実効性のある調査方法として利用されていたのが、弁護士が所属する弁護士会を通して行う照会(弁護士会照会)でした(申請できるのは弁護士だけで、一定の手数料がかかります)。

行われていたのは、専ら金融機関に対する照会です。
弁護士会照会では、不動産や勤務先の調査まではできないからです。

まず、弁護士会が照会の申出が適切であるか審査します。審査が通れば弁護士会から照会がされますが、債務名義がある場合、多くの金融機関は、口座の有無、支店名、残高(金融機関によっては取引履歴も)を開示してくれていました(執行証書では開示をしてくれない金融機関もありますし、弁護士会でも処理方法に違いがあるようです)。

しかし、この照会にも限界があります。

弁護士会照会でも、差押えの場合と同様、親権者の側で金融機関を特定しなければならない、という点です(全国銀行協会に照会しても回答してもらえません)。
照会にも費用がかかるので,親権者としては思い当たるいくつかの金融機関に照会をかけるしかないのですが、親権者には思い至らない金融機関に口座をもっていれば、照会をかけることもできません。

弁護士でなければ利用できないという点も、ある意味限界といえるでしょう。

【預貯金の差押え】

幸いにも照会先に残高があることがわかれば差押えをすればよいのですが、預貯金の差押えにも大きな限界があります。

回収できるのは差押えの時点で滞納していた養育費の分だけであり、その後の養育費の分までは回収できない、という点です。

つまり、養育費の支払は、例えば「(滞納分○○万円と)○年○月から未成年者が20才になる月まで○万円を毎月末日に支払う(支払え)」というふうに決められるのですが、預貯金の差押えの場合、例えば5月12日に申立てをすると、4月までの未払養育費についてだけ申立てができ、5月以降のまだ未払になっていない養育費については、未払になった時点(6月以降)で改めて申立てをする必要があるのです。

しかし、一旦預貯金の差押えをすると、非親権者がメインの口座を変更してしまうことがあります(むしろこれが通常かもしれません)。そうなると、2度目の預貯金からの回収は困難になります。

【給与の差押え】

給与の差押えのには、大きな強みがあります。それは、その時点で未払になっている養育費だけでなく、将来の(まだ未払になっていない)養育費についても差し押さえることができる、という点です。

先ほどの例でいうと、一度の申立てで、4月までの未払養育費だけでなく、5月分以降の養育費についても差し押さえることができるのです(5月分の養育費であれば6月に支払われる給与から回収することができます)。
そして、債務者(非親権者)から支払がない場合には、勤務先から直接支払を受けることができます。

非親権者としても安定した収入のために頻繁に転職することもできないため、給与を差し押さえることができれば、安定的に養育費を回収することができます。

そのため、養育費については、給与の差押えができるかどうかが極めて重要な問題になるといえます。

ところが、離婚して数年後相手方が退職して養育費が滞った、あるいは一旦給与の差押えをしたものの、非親権者が退職してしまった、というケースもあります。

弁護士会照会でも勤務先までは調査できないため、勤務先を調査する方法が望まれていたところでした。

【不動産の差押え】

なお、不動産も差押えの対象になりますが、非親権者が住宅ローンを組んで自宅を所有していることも多いでしょう。

未成年の子がいるケースでは住宅ローンが残っていることがほとんどで、通常は、離婚の際に自宅と住宅ローンをどうするか協議します。
自宅は親権者と子が居住し続け、非親権者が住宅ローンを払い続ける、というケースもあります。この場合には、当然自宅を差し押さえることにはなりません。
親権者も非親権者も自宅を出るのであれば、住宅を売却することが多いでしょう。
非親権者が住み続け、住宅ローンも払い続ける、というケースであれば差押えを検討することになりますが、オーバーローンの場合には差押えしても意味はありませんし、不動産の差押えにはかなりの時間と費用がかかるという問題があります(裁判所に高額の予納金を納める必要があります)。

そのため、養育費のために不動産を差し押さえるケースはあまりないといえるでしょう。

【今回の改正】

財産開示

上で財産開示には実効性がなかったと述べましたが、財産開示について重要な改正がありました。

これまで、執行証書などの一部の債務名義では財産開示の申立てができませんでしたが、改正により、その制限がなくなりました。

また、呼出しに応じない場合などのペナルティが強化されました。
これまでも30万円以下の過料というペナルティはありましたが、実際に過料を取り立てられることはありませんでした。
この度の改正によりペナルティが6ヵ月以下の懲役または50万円以下の罰金という刑事罰に強化されたのです(つまり、正当な理由のない不出頭などは犯罪になったのです)。

しかし、実際に警察が捜査を開始し、検察官が起訴までするかどうか、捜査機関にそこまで余裕があるか、疑問もあります。せっかくの改正も、捜査機関が実際に動かなければ絵に描いた餅になってしまいます(例えば、裁判で宣誓をした上で嘘の証言(偽証)をすると偽証罪という犯罪が成立しますが、捜査機関が動かないため、偽証の歯止めにはなっていませんでした)。

どれだけ実効性のある手続になるか、今後の運用が注目されます。

第三者からの情報取得手続

より大きな改正は、裁判所を通して第三者から相手方の財産の情報を得ることができるようになった点です。第三者からの情報取得手続といいます。

債務名義をもっていれば、裁判所に申立てをして、不動産については登記所から(※1)、預貯金などについては金融機関から(※2)、給与については市町村や日本年金機構等から(※3)、差押えに必要な情報を提供してもらえることになりました。

注目されるのは、やはり市町村などからの情報取得手続でしょう。

事前に財産開示の申立てをしなければならないという制約はありますが(※4)、相手方が働いていて給与から住民税や厚生年金保険料が控除されていれば、市町村や日本年金機構等から勤務先を開示してもらうことができます。

また、弁護士会照会と異なり、親権者本人で利用することができます。
少し難しいかもしれませんが、頑張れば、財産開示→情報取得手続→差押えを自分ですることもできます。なるべく費用をかけないで、自分でできるだけのことをしたい、という方には大きなメリットでしょう。

今後、大いに期待される手続です。

※1 預貯金と給与については本年4月1日から申立て可能となりましたが、不動産については、まだ手続が整備されていません。2021(令和3)年5月16日までに手続が始まる予定とのことです。

※2 弁護士会照会の場合と同様、金融機関を特定する必要があります。

※3 給与についての情報取得手続の申立てをすることができるのは、養育費等の支払や生命または身体の侵害による損害賠償金の支払について債務名義を有する場合に限られます。そのため、例えば貸金や物損事故の場合には利用できません。

※4 不動産と給与の場合。預貯金の場合には財産開示の申立ては不要です。

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