被疑者の取調べの立会い

先日、札幌弁護士会が、刑事事件の容疑者の取り調べに弁護人が同席する「立ち会い」を認めるよう札幌弁護士会が申し入れたことを受け、道警本部が立ち会いを「認めない」とする対応要領を作成し、各警察署などに通達していた、との報道がありました。

刑事訴訟法には、弁護人が取調べに立ち会うことについての規定がありませんが、否定されているわけではありません。したがって、被疑者や弁護人が希望すれば、立会いを認めることに法律上の問題はありません。

しかし、捜査機関が被疑者の取調べに弁護人の立会いを認めることは、まずありません。

2020年の法務・検察業務刷新会議では、法務省側から、「検察庁では公式に弁護人を取調べに立ち会わせないという決定方針がなされていない」、「取調べを行う検察官が個別の事案に応じて適切に判断すべきもの」との説明がありました。建前上は弁護人の立会いを一律に否定するものではない、というものでしたが、今回の道警の対応は、検察庁の扱いにも反するものです。

ネットニュースのコメントの書き込みを見ても、被害者の権利を害する、自由な供述を妨げる、などとして、立会いを認めるべきでないという意見が見られます。

 

【弁護人の立会いは必要か】

取調べの際、被疑者には黙秘権が認められています(憲法38条1項、刑事訴訟法198条2項)。また、被疑者が供述した場合、捜査機関は供述調書を作成することができ、被疑者に誤りがないか確認をさせた上で、署名押印(指印)を求めることができます。しかし、捜査機関は被疑者が加除訂正の申立てをした場合にはこれに応じる必要があり、また、被疑者は調書の内容に誤りがない場合であっても署名押印を拒否することができます(刑訴法198条3~5項)。

ところが、被疑者が黙秘をしようとしても取調官が(時には違法・不当な取調べ方法で)執拗に供述を求めたり(※1)、被疑者の供述のとおりに供述調書を作成しない(※2、3)、といったことは珍しくないようです。取調べが、取調室という閉鎖的な空間において、訓練と経験を積んだプロによって行われるため、被疑者が(違法・不当な)取調べに対抗して自分の正当な権利を守ることは簡単ではありません。郵便不正事件で逮捕起訴された村木厚子さんは、2011年の検察の在り方検討会議で、「取り調べはリングの上にアマチュアのボクサーとプロのボクサーが上がって試合をするようなもの。しかもレフリーもセコンドもいない。せめてセコンドについていただきたい。」と弁護人の立会いの重要性を訴えました(※4)。

※1 私自身は、取調官が、被疑者を侮辱・罵倒する、家族への不利益を示唆する、自白してくれないと取調官が人事上の不利益を受けることを示唆する、私の弁護活動に対する批判をすることで被疑者と私との信頼関係を破壊しようとする、といった経験があります。

※2 捜査機関は描いたストーリーのとおりに供述調書を作成しようとしており、供述調書は捜査機関の作文だとの批判があります。

※3 取調べの際、黙秘権はちゃんと説明されますが、供述調書に署名押印する義務がないことは説明されないようです。 

※4 https://www.moj.go.jp/content/001331076.pdf(30頁) 

弁護人の立会いは、取調官による違法・不当な取調べを防ぎ、被疑者の供述に沿った供述調書を作成することに役立ちます。

弁護士の立会いは、憲法や刑事訴訟法において認められる権利を空虚なものとしないために必要とされるものなのです。

 

【弁護人の立会いの何が問題なのか】

2019年12月のカルロス・ゴーン氏の海外逃亡をきっかけとしてなされた海外からの批判に対応するため、法務省のサイトにQ&Aのコーナーが設けられ、そこには以下の記載があります(※5)。

Q7 日本では、なぜ被疑者の取調べに弁護人の立会いが認められないのですか。

A7 被疑者の取調べは適正に行われなければなりません。
 憲法第38条には、「被疑者は、自分にとって不利益な供述を強要されず、強制等による自白や不当に長く抑留・拘禁された後の自白を証拠とすることができない」と定められています。さらに、「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合は、有罪とされない」ことが規定されています。実際、裁判においても、自白が任意になされたものではない疑いがあると判断され、証拠として採用されなかった例もあります。
 日本ではまた、制度上、取調べの適正を確保するための様々な方策が採られています。被疑者には、黙秘権や立会人なしに弁護士に接見して助言を受ける権利が認められています。このほかにも、取調べの録音・録画によって、取調べの状況が事後的に検証可能となり、適正を確保することができます。
 被疑者の取調べに弁護人が立ち会うことを認めるかについては、刑事法の専門家や法律実務家、有識者などで構成される法制審議会において、約3年間にわたってこれらの問題が議論されました。そこでの議論では、弁護人が立ち会うことを認めた場合、被疑者から十分な供述が得られなくなることで、事案の真相が解明されなくなるなど、取調べの機能を大幅に減退させるおそれが大きく、そのような事態は被害者や事案の真相解明を望む国民の理解を得られないなどの意見が示されたため、弁護人の立会いを導入しないこととされた経緯があります。こうした議論を経て、取調べの適正さを確保する方法の一つとして、取調べの録音・録画制度が導入されました。

※5 https://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/20200120QandA.html

2020年の法務・検察刷新会議において、法務省側から、次の説明がありました(※6)。

取調べというのは一般に、供述者に質問をして、供述を求めていく、もし真実を話していないと考えられる場合には真実を話すように説得をする、また、供述内容が既に収集済みの証拠と矛盾しているとか、内容自体において不合理であるという点があれば、その点を問いただすといったことを繰り返しながら、真実の供述を引き出していく捜査活動です。
弁護人の立会いを認める場合には、単に取調室に同席するというだけではなくて、取調官と被疑者との間のやり取りに介入して遮るとか、あるいは取調べ中に被疑者に助言をするということなども可能にすべきだということを含んでいるのではないかと考えられますが、そうだとしますと、ただいま申し上げたような取調べにおける発問、説得、それから問いただすといったことが行えなくなってしまうのではないかと危惧されるところです。その結果、被疑者が本当のことを話しているのかどうかという供述の真偽の見極めも困難になってくると考えられます。

※6 https://www.moj.go.jp/hisho/seisakuhyouka/hisho04_00043.html(議事録12頁)

しかし、上記の説明には、大きな問題があります。

1つ目は、取調べの真相解明の機能には元々限界がある、ということです。
上記のとおり、被疑者には黙秘権があり、また、供述調書に署名押印する義務はありません。そのため、被疑者が黙秘権を行使し、又は供述調書への署名押印を拒否することにより、捜査機関が望む供述を得られない(供述調書を作成できない)ことがあることは、もともと法律上予定されていることなのであり、何ら不当とは言えません。

2つ目は、真相解明は取調べの場によって行われるのか、という疑問です。
被疑者は、取調べにおいて黙秘するとしても、公判では自分の弁解を述べるのが通常だと思います。また、供述調書に署名押印しないのは、記憶があいまいである(証拠を見ないとはっきりしたことは言えない)又は捜査機関が自分の供述のとおりに作成してくれない、といった理由からであり、この場合も公判で自分の弁解を述べるはずです。しかも、公判での被告人質問においては、弁護人だけではなく、検察官や裁判官からも質問がなされます。そのため、取調べによって十分な供述が得られなかったとしても、それにより真相解明に支障が生じることはないはずです。

そうすると、弁護人の立会いを否定する側は、この公判供述は「真実」ではない、取調べにおいてなされる供述こそが「真実」なのだ、と考えているように思います。取調官が取調室で時間を掛け、様々な捜査手法を駆使することによって被疑者から真実の供述が引き出されるのであって、そうした取調べが行われない公判では、被疑者(被告人)はいくらでも嘘を付くのだ、という認識があるのでしょうか。

しかし、これは公判中心主義という建前に正面から反する考えですし、自白の獲得を目的とする執拗な取調べの結果虚偽の自白がなされ、多くの冤罪事件が発生してきたことを過小評価するものでしょう。

3つ目は、あたかも弁護人が取調べを不当に妨害するかのような説明がなされている点です。何ら問題のない発問やそれに対する被疑者の供述を遮るようなことを弁護人がするとは思えません。また、立会いの際には、何らかのルールが設けられることになるでしょうから、弁護人が自由に妨害できることにはならないでしょう。例えば、公判での尋問のルールのように、異議を述べることができる事由が定められるかもしれません。弁護人が色々と適切でないことをするかもしれない、だから立会いを認めるべきではない、というのは、適切な議論とは言えません(ルールを決めれば済むことです)。

 

【制度設計】

アメリカ、EU加盟国やイギリスなどの欧米諸国、極東アジアでも韓国、台湾では、取調べの際に弁護人が立ち会うことが認められています。極東アジアで認められていないのは、日本、中国、北朝鮮です。

弁護人の立会いが認められないことについて、2019年12月に海外に逃亡したカルロス・ゴーン氏の申立てを受け、国連規約人権委員会の恣意的拘禁に関するワーキンググループが、国際人権自由権規約に反するとの意見書を発表しています。

グローバルスタンダードからして、将来、日本でも、弁護人の立会いが認められる時代が来るでしょう。

ただし、弁護人の立会いを認める場合、どのような制度とすべきか、当然問題となります。

被疑者が弁護人に立ち会ってもらう権利を放棄できるか、弁護人の都合が合わない場合に弁護人の立会いなくして取調べを開始できるか、立会いの際に弁護人には何ができるか、など、色々と考えなければならない問題があります。

その他、弁護士が立会いの負担に耐えられるか、というリソースの問題もあります。
被疑者が立会いを求める場合、それに応じるのは弁護人の義務ということになるでしょうが、取調べに何時間も要するということになれば、弁護人の負担は極めて大きくなります。弁護士が少ない地域では、弁護士が不足するかもしれません。負担が大きすぎて刑事弁護から撤退する弁護士も出てくるかもしれません。制度設計の際には、この点の手当も必要でしょう。

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