国家賠償責任と公務員の個人責任

【国家賠償制度】

国家賠償という制度があります。

日本国憲法の施行後に制定された国家賠償法に定めがあります。

国賠法1条は、次のように定めています。

  1.  国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責めに任ずる。
  2.  前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

1項で定められているのは、一定の場合には、国または公共団体(以下、単に「国」といいます)が、公務員の行為によって生じた損害の賠償責任を負う、ということであり、2項で定められているのは、一定の場合に、国は当該公務員に求償できる(国が賠償した額の支払いを請求できる)、ということです。

それでは、国が国家賠償責任を負う場合、その原因となる違法行為を行った公務員の個人責任はどうなっているのでしょうか。

つまり、その公務員個人は、被害者に対して損害賠償義務を負うでしょうか。

【最高裁は公務員の個人責任を否定している】

実は、公務員個人が被害者に損害賠償義務を負うか否かについては、国家賠償法に規定がなく、解釈に委ねられています。

そして、最高裁は、公務員個人は賠償責任を負わないとしており(※1)、これまで、公務員個人の賠償責任を認めた最高裁判例はありません。

これに対し、学説上は、被害者の報復感情の満足や違法行為の抑止といった理由により、一定の場合、例えば当該公務員に故意または重過失がある場合や、故意に基づく職権濫用行為の場合には、公務員の個人責任を認めるべきとする見解があります。公務員の個人責任を認めた裁判例もあります(※2)。

※1 最判昭和30年4月19日
※2 東京地判平成6年9月6日。ただし、控訴審である東京高裁平成9年6月26日は個人責任を否定。

【近時の例】

元近畿財務局職員の赤木氏が、森友学園に関する財務省の決裁文書の改ざんに関与させられたことを苦にして自殺したとして、ご遺族が、国と財務省理財局長(当時)の佐川氏に対して損害賠償請求をした件があります。

国が請求を認諾した(原告の請求を全て認めて裁判を終わらせた)ので、佐川氏に対する請求の審理が続いていました。

大阪地裁は、2022年11月25日、佐川氏に対する請求を棄却しました。最高裁に従い、公務員個人は賠償責任を負わない、という理由です。

【個人責任を否定する根拠】

最高裁は明言していませんが、個人責任を否定する根拠は大きく次の2点にあるとされています。

  • 国からの賠償により被害者の損害は回復されるので、個人責任を認める必要はない。
  • 公務員の個人責任を認めると、公務員個人に対する損害賠償請求訴訟が多発し、公務員が公務に対して萎縮するという弊害が生じるので、個人責任を認めるべきではない。

2つ目の根拠に対しては、あまりピンと来ない方もおられるかもしれませんが、非常に重要な点です

警察官による逮捕、検察官による起訴、裁判官による判決、税務職員による滞納処分など、権力により国民に不利益を課さざるを得ない公務はたくさんあります。概ね公務は適切になされていると思いますが、適切な公務であっても納得できない国民はいるでしょう。

権力を行使しない公務、例えば市役所での窓口対応などであっても、長時間待たされた、言葉遣いが気に入らない、など、大なり小なり不満を抱く国民もいるでしょう。

そして、一旦公務員個人が被害者に損害賠償責任を負う可能性を認めると、それが故意に基づく職権濫用行為という限られた場合であっても、原告としては、不満の対象となる公務員の行為が「故意に基づく職権濫用行為」だと主張・構成して、損害賠償請求訴訟を提起することができることになります。つまり、公務員が個人責任を一切負わないと考える場合には、裁判所は、原告の主張が真実か否かについて判断せずに、公務員は個人責任を負わないという最高裁判例を引用することで、簡単に請求を棄却することができます(裁判所は全ての争点について判断するわけではありません)。そのため、わざわざ公務員個人を訴える人はあまりいない(弁護士も依頼を受けない)ということになります。

ところが、例えば「故意に基づく職権濫用行為」の場合に公務員が個人責任を負うと考える場合、裁判所は、訴状を受理して、本当に原告が主張するような職権濫用行為があったか否かについて、審理せざるを得ません。被告とされた公務員は、裁判を放置すると原告の主張のとおりの事実が認められることになるため、原告の主張に対して反論をしたりそのための証拠を提出せざるを得ないことになります。訴訟対応は公務ではないでしょうから、自分で対応する場合には仕事を休んで裁判所に出頭したりする必要がありますし、弁護士に依頼する場合には自分で弁護士費用を負担する必要があります。結果として原告の請求が認められなかったとしても、被告とされた公務員のこうした負担がなかったことにはなりません(弁護士費用を原告に請求することはできません)。公務員向けの賠償責任保険(既に商品として存在しています)により弁護士費用を賄うことができたとしても、被告の地位に立たされ、(弁護士と打合せをして)訴訟対応をしなければならないという負担は大きいと言えます。

そうなると、個々の公務員が萎縮し、ひいては公務員のなり手が減少し、結果として国民全体が損失を被る、ということにもなるでしょう。

したがって、公務員個人の責任を認めないとする考えには、十分な合理性があります(※3)。

※3 もっとも、これに対しては、①提訴には多大な労力や費用がかかるので、国賠だけだったら提訴しないが、公務員個人の責任も追及できるのであれば提訴しようと考えて提訴する人はほとんど想定できない、公務の萎縮は杞憂である、という反論や、②民間企業の場合には会社の使用者責任(民法715条)が認められても従業員の個人責任(民法709条)は否定されないのに、公務員だけを保護する必要はない、との批判はあり得るでしょう。

他方で、被害者の報復感情の満足や違法行為の抑止という観点からは、公務員個人の責任を認める見解にも合理性があります。

もっとも、公務員の個人責任を認めたとしても、公務員としては、賠償責任保険により、賠償金や弁護士費用を保険で賄おうとするでしょう。そうなれば、公務員の個人責任を認めることは、被害者の報復感情の満足や違法行為の抑止という機能を十分には果たせないことになりそうです。

そうすると、現時点では、国賠法1条2項の公務員に対する求償をもっと活用する方向で考えるのが現実的でしょう。公務員個人を提訴することができなくても、最終的に被害者の損害が国を介して当該公務員に転嫁されれば、被害者の報復感情もかなりの程度充たされ、違法行為の抑止にもなるでしょう。

現在のところ、国による求償権が適切に行使されているようには思えないので(※4)、国民がもっと求償権行使に関心を持ち、政府に求償権を行使しない理由を説明させるなどして、適切に求償権を行使させる必要があるでしょう。立法論になりますが、国が求償権を行使しない場合にそれを義務付ける訴訟類型を設けることも考えられるでしょう(※5)。

もっとも、求償権行使が活発になると、公務員は賠償責任保険により対応しようとするでしょうから、求償権も被害者の報復感情や違法行為の抑止という機能を十分に果たせなくなりそうです。そうすると、懲戒処分がより重要になり、懲戒処分に被害者の意見を反映させる制度を設けることも考えられるでしょう。

※4 個人的には、国は、全額かどうかはともかくとして、佐川氏に求償すべきと思います。
※5 地方自治体の場合には、既にこうした制度が設けられています(地方自治法242条の2第1項4号の住民訴訟)。実際に求償権の行使を求める住民の訴えが認められた裁判例もあります。個人的には、国と地方自治体とで区別する合理的理由はないと思います。

【元自衛官の女性に対する性暴力の事案】

近時、元自衛官の女性が、在職中の性的被害を告発された件があります。

この件で、被害女性から、「加害者側の弁護士から、『個人責任を問われるか疑問がある』としつつも、加害者一人当たり約30万円の示談金の提示があった」旨の発表がありました(2022.12.19の記事)。

これについて、インターネット上のコメントでは、加害者側の弁護士を批判するコメントが圧倒的です。

しかし、加害者の代理人弁護士が述べたのは、本件は国の賠償責任が認められる事案であり、最高裁判例からすると、(国から求償されることはあっても)加害者個人は被害者に対して賠償責任を負わないのだ、少なくともその可能性は十分ある、という趣旨だろうと思います(それ以外は考えにくいところです)。

そうだとすれば、この件でも加害者が個人責任を負わない可能性は十分あるので(※6)、加害者代理人は間違ったことを述べているわけではないことになります(※7)。

【追記】

被害女性が国と加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起したようです(2023.1.30の記事)。

「今回は自衛隊の公務とは関係がなく、違法性が非常に高い」として、加害者個人にも損害賠償請求をしているようです。

現在は、加害者との示談交渉が中断しているようですが、訴訟で和解協議がされる可能性が高いと思います。

和解が成立せず、判決となるのであれば、国に対する請求は認容、加害者に対する請求は棄却となる可能性が十分あると思います。この場合、国は加害者に求償すべきでしょう。

※6 今回の加害行為については、公務と全く関係がない故意の職権濫用行為であるとして、公務員の個人責任を認めるべきだ、という考えもあり得るところですが、裁判所が採用する可能性は小さいと思います。セクハラでいえば、職員に広く参加を呼びかけた懇親会で被害者の上司が行ったセクハラ発言について、国家賠償責任を認めた裁判例があります(旭川地裁令和4年2月8日)。
※7 このように述べた理由として、①示談が成立しない場合に備えて、法律上の義務を認めることを避けたかった、②法律上の義務がないことを示すことで、誠意を示そうとした、または金額を抑えようとした、といったところが想定できます。ただし、これだけ社会問題化した事案において、被害者側に対してそのように述べるかどうかは、弁護士によって判断が分かれるところかと思います(加害者代理人を批判する趣旨では全くありませんし、加害者代理人も十分検討されたでしょう。)。

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