国葬の法律上の問題点の整理

安倍元首相の国葬については、様々な議論がなされており、反対の表明をする弁護士会も増えてきました。

この議論は、①国葬を実施することが適法かどうか、②適法だとしても、それを実施することが妥当かどうか、という問題に、一応分けて考えることができます(ただし、その境界線は微妙ですし、違法ではないけれども、法律上様々な疑義があるので実施は不当、という議論もあり得ます)。

②には、

  • 安倍氏に国葬に値する程の業績が認められるか(むしろ、安倍氏は国葬の対象として不適格ではないか)
  • 安倍氏と旧統一教会との関係を明らかにしないまま実施して良いか
  • 外交上のメリットは国葬でなければ享受できないか(国葬でなくても享受できるのではないか)
  • そもそも外交上のメリットを理由とすることは、安倍氏(の死)を利用することになり、安倍氏に失礼ではないか
  • 安倍氏亡き後の党内政治に国葬を利用しようとしているのではないか
  • (以上とは次元を異にする問題として)国民の多数(少なくとも相当数)が安倍氏の国葬に反対する状況において、内閣の決定で国葬を実施することは、民主主義の理念に反するのではないか

などの議論があります。

①についても、色々な議論があるので、整理してみました(中には、この立場からするとこのような主張があるだろうという推測も含まれています)。既にある程度の知識や意見を持っている方向けです。

論点 適法説 違法(違憲)説
客観法に違反するか(国民の権利を侵害しているわけではないとしても、何らかの憲法上の原則に反していないか、という問題)

・憲法上、国葬を認めない規定はない。

・政府は、思想・良心(特定の政治家に対する評価)に対して中立であることを求められていない(宗教とは異なる)。

・安倍氏を支持・褒称することと長年首相を務め非業の死を遂げた安倍氏に敬意・弔意を表することは別の事柄である(国葬は国民に安倍氏に対する支持・褒称の同調・受容を求めるものではない)。

・国民に対して不利益的取扱いをしているわけではない。

・(政府が国葬を実施できるとして)国葬を実施するか否か、誰に対して実施するかは、政府の裁量に属する。

・国葬は、政府の手によって一人の人間の死と生前の功績が国家全体で共有されることを通して国民としての一体感を生むためのイベントであるが、国民統合のために葬儀という方法を用いるべきでない。

・敬意・弔意などを持つかどうか、それを表示するかどうかを決めるのは個人の自由であるから(憲法19条の思想・良心の自由)、内閣に「敬意と弔意を国全体として示す」権限はない(※1)。

・国葬は、安倍氏に対する支持・褒称を国是・公式見解とするもので、国民にその同調・受容を求め、安倍氏に対する批判・否定的評価の抑圧をもたらす(※2)、あるいは、安倍氏を支持・褒称しない国民を、非国民・二級市民扱いするメッセージ的効果が認められ、国民の分断・対立を招く。国家は政治家の評価について中立であるべき(※3)。

客観的に安倍氏を特別扱いする根拠が示されない限り、憲法14条の平等原則に反する(※4)。

内閣府設置法第4条第3項第33号に、内閣府の所掌事務として、国の儀式に関する事務に関することが明記されているが、これとは別に法律上の根拠(根拠規範)が必要か(いわゆる「法律の留保」の問題。「法律の留保」とは、行政法の世界において、「法律による行政の原理」の内容として、一定の行政活動には、事務分配を定める組織規範とは別に根拠規範を要すると解すべきものがあり、それはどの範囲の活動か、を問題にするものです。)

なお、内閣府設置法が組織規範であって、根拠規範に該当しないことは、争いがないようです。

・「法律の留保」について、実務は侵害留保説(国民の権利を制限し義務を課す場合にのみ根拠規範が必要とする説)で運用されており、国葬は国民の権利を制限し義務を課すものではないので、根拠規範は不要。

・重要事項留保説(右記)によっても、国葬の実施は「重要事項」ではないから、根拠規範は不要。

・少なくとも、国政上の重要事項については、事務分配を定めた組織規範とは別に、根拠規範が必要(重要事項留保説)。

・国葬は国政の重要事項であるはずであるから、組織規範である内閣府設置法とは別に根拠規範が必要であるが、根拠規範は存在しない(※5)。

財政民主主義(憲法85条)との関係 ・国葬の費用は予備費から支出可能であり、予備費の支出は事後に国会の承認を得れば足りる(憲法87条2項)(※6)。 ・補正予算を作成して国会の議決を求めることが可能であり、予備費から支出すべきではない。予備費は例外(※7)。
思想・良心の自由を侵害しないか(弔意を強制することが思想・良心の自由を侵害し違憲であることは争いがないと思われます)

・国葬を実施するか否かと国民に弔意を求めるか否かは別問題である。

・国民が同調圧力により事実上弔意の表明を強制されても、法律上の問題は生じない(政府が強制しているわけではない)。

・(各府庁での黙祷について)国葬が適法に行われる以上、国の機関が黙祷を行うのは当然であり、それに必要な限り、国家公務員に対し、職務命令を発することができる。

・同調圧力により、事実上、国民に弔意の表明が強制されるおそれがある(※8)。

・(各府庁での黙祷について)職員(国家公務員)に黙祷を強制(職務命令)するのであれば、その思想・良心の自由を侵害する。

※1 木村草太教授
※2 複数の弁護士会は、これらの効果が思想良心の侵害に当たるとしていますが、そうでない団体声明もあります。「思想良心の自由に対する心理的・間接的な圧迫となる」という趣旨であれば、政教分離原則と同様、客観的な原則ないし制度に対する違反を主張するものと(も)理解できます(一般的に、政教分離原則に違反する宗教的行為が行われても、信教の自由が侵害されるとは解されていません)。
※3 2022年9月16日の自民党・二階俊博元幹事長による「(国葬が)終わったら、反対していた人たちも必ずよかったと思うはず。日本人ならね。」との発言参照。
※4 木村草太教授
※5 長谷部恭男教授
※6 曽我部真裕教授。ただし、同教授は、国葬に法律上の根拠は不要だが、国会の承認を経ることが望ましいとされるようです。
※7
 複数の弁護士会。長谷部教授は、補正予算によらず予備費から支出することを「邪道」と表現。
※8 複数の弁護士会

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