奨学金の保証と分別の利益

先日、札幌地裁で、日本学生支援機構に対して保証人が支払った分の半額の返還を命じる判決がなされました(2021年5月13日)。

機構は、本人と連帯保証人が返せないと判断した場合、保証人(≠連帯保証人)に全額を請求し、その際、返還に応じなければ法的措置をとる旨も伝えていることが明らかになったと報道されており、社会問題になっていました。

なぜ問題になったのか、整理しておきましょう。

 【分別の利益】

機構の奨学金(貸与)の場合、機関保証と人的保証のいずれかを選択する必要があります。人的保証の場合、親等を連帯保証人に、4親等内の親族等を保証人に付けることを求められます。

連帯保証と保証とは、色々違いがありますが、ここで問題となったのは、後者に認められる分別の利益です(連帯保証と区別するため「保証」を「単純保証」ということがあります)。

 民法には次の規定があります。

  • 456条 数人の保証人がある場合には、…民法427条の規定を適用する。
  • 427条 数人の…債務者がある場合において、…各債務者は、それぞれ等しい割合で…義務を負う。

つまり、連帯保証人または保証人が複数いるケースだと、保証人は貸金(主債務)を頭数(人数)で割った額の保証債務を負う、ということになります。これを分別の利益といいます。
連帯保証人が1人、保証人が1人だと、保証人は貸金の2分の1の額の保証債務を負う、ということです(連帯保証人は、分別の利益を認められないので、全額の保証債務を負います)。
保証人が分別の利益を主張(行使)することにより保証債務が分割されるのではない(法律的な言い方をすれば「当然に分割される」)、というのが確立した理解です。

【抗弁とは何か】

札幌地裁の訴訟では、次の点が争点になったようです。

  1. 機構が保証人に残金全額の請求をすることが不法行為に該当するか
  2. 保証人が分別の利益を超えて支払った分は機構の不当利得になるか

これらについて、機構は、分別の利益は「抗弁」であって、行使するかどうかは保証人の自由であり、抗弁が行使されていない段階では全額を請求しても良いし、全額を受領しても不当利得とはならない、と主張していたようです。

機構のホームページには、次の記載があります。

  • 保証人は、本機構からの請求に対し、請求額を2分の1にすることを申し出る(抗弁を主張する)ことができます。
  • これを法律上「分別の利益」(保証人が複数いる場合、その人数に応じた範囲でしか義務を負わない)といいます。本機構は、保証人からの「分別の利益」の申し出に対して、保証人への請求額を返還者本人への請求額の2分の1に減じたり、法的措置に移行している場合は、その2分の1の額で和解する等、適正に対応しております。
  • 保証人が本機構に「分別の利益」を申し出るか、保証人が本機構に支払った奨学金について、返還者本人又は連帯保証人に対して請求するか(取得した求償権を行使するか)は、本機構としては、保証人の判断に委ねております。これまでも、保証人からの「分別の利益」の申し出に対して、適正に対応してまいりました。
  • なお、「分別の利益」や返還者本人や連帯保証人への「求償権」については、法律で定められているため、従来より本機構から個別に説明を行うこと等はしておりませんでしたが、より丁寧な説明を行う観点から、現在では保証人の権利及び義務について、奨学金案内等に記載することとしています。

しかし、機構は、「抗弁」を誤解していると思われます。正確には、機構がそのような誤解をするはずがないので、あえて独自の見解に基づいた運用をしていたのでしょう。

例えば、100万円を借りたが本人が50万円を返済し、保証人はこれを知らなかったとします。この場合、弁済の効果により、貸金債務のうち50万円が消滅しています。(通常は考え難いですが)貸主がそれを黙って保証人に100万円を請求すれば不当な請求になりますし、保証人が弁済を知らずに100万円を支払えば、50万円は不当利得になります。

もっとも、訴訟上、弁済は「抗弁」とされており、裁判所は弁済の主張がされなければ、弁済があったと認定できません。仮に訴訟で貸主が保証人に100万円を請求した場合、保証人が「既に本人が50万円を弁済した」と主張(抗弁を提出)しなければ、裁判所は100万円の請求を認めることになってしまうのです。

分別の利益も訴訟上は抗弁であるとされています。そのため、貸主が一人の保証人に100万円を請求した場合、保証人が「他にも保証人がおり、自分には分別の利益があるので、責任を負うのは50万円だけである」などと主張(抗弁を提出)しなければ、裁判所は100万円の請求を認めざるを得ないのです。

以上の扱いを訴訟外にも及ぼし、機構は、訴訟外においても、保証人に100万円を請求してよいし、保証人が分別の利益を主張しないで100万円を支払えば、受領してよい、という理解のようです。

しかし、弁済の例で言えば、弁済が訴訟上は抗弁とされていても、50万円の弁済があって残金が50万円になっているのであれば、貸主は残額の50万円のみ請求するべきであって、100万円は不当請求でしょう。当然、保証人が弁済を知らないで100万円を支払えば、50万円は不当利得になります。

同じように、分別の利益の場合も、分別の利益の行使がなくても当然に保証債務が分割され、保証人は50万円の債務しか負っていない以上、貸主としては、保証人に対し、50万円しか請求するべきではないでしょうし、保証人が分別の利益を知らないで100万円を支払えば、50万円は不当利得になると考えるべきでしょう。

【今回の判決】

札幌地裁は、分別の利益により保証債務は当然に分割される(※1)、として不当利得の請求は認めたものの(争点2)、保証人は分割された額を超えて支払うことも選択できる立場にあり、後日、本人や連帯保証人に求償することも可能であるとして、機構が分別の利益を説明しないで保証人に全額を請求することは直ちには不法行為には当たらない、と判断したようです(争点1)。

※1「債権者が数人の保証人の1人のみを相手に全額の保証債務の履行を求める訴えを提起した場合に,他に保証人がいる旨の抗弁が主張されない限り,全額の支払を命ずる判決がなされることになるが,これは,実体法上の要件の主張責任が各当事者に分配され,各自が立証責任を負う要件事実を主張しなかった結果に過ぎない。このことは,弁済がなされて債権が実体法上消滅していたとしても,弁済の抗弁が主張されない限り,当該債権が有効に存在することを前提として判決されるのと同じことである。」

しかし、①保証人は分割された額を超えて(つまり、支払義務はないけれども)支払うことも選択でき、②本人らに求償することも可能である、ということが十分な理由になるかは疑問があります。

①普通に考えると、分別の利益があることを理解していれば、全額の請求には応じないでしょうし、公的機関である機構から全額を請求され、支払わなければ法的措置をとると予告されれば、全額の支払義務があると誤解するでしょう。実際、分別の利益があることを理解した上で、それを超える部分について本人や連帯保証人に求償しようと考えて全額を支払った人はほとんどいないと思います。つまり、分割された額を超えて支払ったのは、選択の結果ではありません。そうだからこそ、この事件の原告は提訴したのでしょう(判決でもそのように認定されています)。
②機構が保証人に全額の請求をしたのは、本人や連帯保証人が支払わないからでしょう(報道によると、機構は、本人と連帯保証人が返せないと判断した場合、保証人に全額を請求し、その際、返還に応じなければ法的措置をとる旨も伝えていた、とされています)。そのため、法律上は本人らに求償請求できるといっても、実際に本人らから支払った分を回収できる可能性は乏しいでしょう。そうだからこそ、この事件の原告は機構を訴えたたのでしょう(判決でもそのように認定されています)。
機構は、保証人が、分別の利益を十分に理解しておらず、全額の請求に応じなければならないと誤信することが十分あり得ること、そしてまた、保証人が本人や連帯保証人から回収できない可能性が高いことを認識しつつ、保証人に全額を請求している、と解されても仕方がないでしょう。
また、①と②の理由づけからすると、保証人でもすらなく全く債務を負っていない人(例えば親族)に対して請求することも認められる(不法行為にならない)ということになりそうですが、それでよいでしょうか?

【今後】

文部科学省の説明によると、2010~17年度の8年間に機構が保証人に全額返還を請求したのは825件(総額約13億円)にのぼり、そのうち、保証人から「分別の利益」の申し立てを受け、機構が応じたのは31件(総額約6000万円)に過ぎないとのことです。

同種の訴訟が東京地裁で係属中のようですが、今回の札幌地裁判決を承けて、同種訴訟が激増することもあり得ます。

札幌地裁判決に対し、機構が控訴したとのニュースがありました。

札幌高裁の判断が注目されます。

【追記】

札幌高裁の判決が出ました。「奨学金の保証と分別の利益2」をご参照ください。

まずはお気軽にお問い合わせください!

NAGOMI LAW OFFICE

電話及びメールでのご相談はお受けしておりません。
電話、FAXまたはメールにより、ご相談の予約をお願い致します。

Pagetop