としまえんのプール事故

先日、2019年8月、「としまえん」のプールで、女児(当時8歳)が溺れて死亡した事故で、遺族が運営会社の豊島園や親会社の西武鉄道などに損害賠償を求めた訴訟が始まった、とのニュースがありました。

女児はライフジャケットを着用していましたが、水面に浮かぶ遊具(マット)の下に潜り込んでしまい、脱出できずに溺死してしまったようです。

インターネットのニュースの書き込みでは、女児から目を離した親が悪いのであり、親は不当に責任転嫁をしようとしている、といった意見が目立ちます。

遺族(親)が、自分たちに非が全くなく、運営側に100%責任があると考えているという前提で非難しているようにも見受けられます。

【損害賠償を請求する側の認識】

しかし、損害賠償請求訴訟を提起したからといって、提起した側(原告)は、自分に全く非がなく、相手方(被告)に100%責任があると考えているとは限りません。

損害賠償を請求する際には、被害者に過失があれば、過失相殺がされ、損害賠償の額が減額されます。交通事故では過失相殺がされることが多いのでご存じの方も多いと思います。

この過失相殺は、「被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者」などに過失がある場合にも認められます。「被害者側の過失」と言います。

遺族も、「被害者側の過失」が認められ、過失相殺される可能性があることは理解しているでしょう。

こうした「被害者側の過失」を含めた過失相殺があり得る以上、遺族が、自分たちにも事故の責任の一端があるとしても、運営側にも責任があるとして損害賠償を請求することは何ら不当なことではありません。

そして、これから述べるとおり、運営側に責任が認められる可能性は十分あると思われます。

【誰が何を請求されているか】

今回、遺族は、豊島園や西武鉄道だけでなく、遊具を製造・設置した会社と監視業務の委託を受けていた会社も訴えたようです。

施設の所有者は西武鉄道で、西武鉄道が豊島園へ業務委託をしていたとのことですので、整理すると次の様になります。

  • 西武鉄道   施設の所有者
  • 豊島園    西武鉄道からとしまえんの運営を受託
  • 製造会社   今回の遊具を製造・設置
  • 監視会社   としまえんのプールの監視業務を受託

少し複雑ですが、遺族は、おそらく、それぞれに対して次の様な請求をしているのでしょう。

  • 西武鉄道  プールに瑕疵があった(安全性に問題があった)
         (工作物責任)
  • 豊島園   プールに瑕疵があった(安全性に問題があった)
         (工作物責任)
          遊具の管理や監視・捜索活動に問題があった
         (契約違反、不法行為)
  • 製造会社  遊具の設置に問題があった(不法行為)(※1)
  • 監視会社  監視・捜索活動に問題があった(不法行為)

※1 遊具自体の安全性に問題があったとして、製造会社に製造物責任があるとの考えもあり得ますが、重要なのは、遊具自体の安全性ではなく、遊具の提供の仕方に問題があったかどうかでしょうから、製造物責任は現実的ではないでしょう。

遺族が問題視しているのは、大きく分けると、遊具を含めたプールの安全性と監視や捜索の適切さなのだろうと思います。

【プールの安全性】

プールの安全性については、ニュースにも出ていましたが、「遊具の下に入り込むのを防ぐネットがなかった」点が、大きく問題になるでしょう。

そして、この問題を考える上では、

  • 利用者にライフジャケットの着用を義務づけているか(ニュースによると義務づけているとのことです)
  • (特にライフジャケットを着用していた場合)遊具の下に潜り込み、脱出できずに事故が起きる危険がどの程度あるか、その危険をどの程度認識できたか(同種施設の事故状況が重要になります)
  • 利用者が遊具の下に潜り込まないように、どのような注意喚起がなされていたか
  • 遊具の下に入り込むのを防ぐネットを設置することで、どのようなデメリットがあるか
  • 保護者の見守りが、利用規約等により、どの程度期待されているか(例えば保護者同伴を要請しているか。身長110㎝以上であれば保護者同伴不要との情報もあります)
  • 保護者の見守りにより、どの程度事故を防げるか

などがポイントになるでしょう。

ライフジャケットを着用して遊具の下に潜り込むと、深さ次第では児童が脱出困難であることは容易に推測できますし、潜り込まないような注意喚起や保護者の見守りの要請がなされていたとしても、危険の排除には大きな限界がありそうです(児童が遊びに夢中になったりして遊具の下に潜り込んでしまうことは十分想定できますし、混雑状況次第では保護者が児童を見失うことも十分想定できるでしょう)。他方、ネットを設置することに大きなデメリットがあるとも思われません(※2)。

そうすると、プールの安全性に問題があったとの評価も十分あり得ます。

※2 インターネットのニュースのコメント欄には、ネットを設けると、逆に首が絡むなどの事故が起こり得る、といったコメントがありましたが、ネットの網目を小さくすればよいので、ネットを設けない理由にはならないでしょう。

なお、ニュースによると、

事故を巡っては消費者安全調査委員会が2020年6月に調査報告書を発表。ライフジャケットを着て水上遊具の下に潜り込むと自ら泳いで外に出るのが困難だとし、再発防止策を提言した。

とのことです(上記2つ目のポイントに関わります)。

【監視・捜索活動の適切さ】

もう1つ大きな争点と考えられるのは、監視や捜索活動の適切さです。

監視員の人数や配置等が適切だったか、が当然問題になりますが、それだけでなく、実際の捜索活動の適切さも問題になります。

訴状によると、次のような経過があったようです。

  • 女児は父親とともに泳いでいたが、午後1時半ごろ、行方が分からなくなった。
  • 父親は利用客にプールサイドに上がってもらうことや、潜水して捜してもらうことを監視員らに求めたが、迷子の窓口を案内されたり、午後2時(点検時間)まで待つように指示されたりした。
  • 監視員らは午後2時(点検時間)になってから、プール内を捜索し、遊具の下で心肺停止状態の女児を見つけた。

訴状は、原告の言い分にすぎず、被告の認否反論を待たなければ、そのとおりの事実があったかどうかは判断できません。

しかし、今回は事実関係に大きな隔たりがあるような事件ではなさそうです。もし訴状のとおりの事実があったとすれば、父親が監視員に報告・要請した時点での監視員の対応が適切だったかどうか、議論の余地はあるでしょう。

父親の報告等を真剣に受け止め、遊具の下に潜り込んでいる危険を想起して、利用客に上がってもらうことは現実的ではないとしても、少なくとも潜水して探すことはできなかったのか、という点は大きな問題だと思います。

監視員の人数や配置等についても、遺族は次のとおり主張しているようです。

  • 業界団体の日本エア遊具安全普及協会が定める「安全運営の10カ条」では、遊具1つにつき最低1人のスタッフを置くべきだとしている。
  • 本件プールには、当時10個以上のエア遊具があったから、10人以上のスタッフを置くべきであったが、実際には7人の監視員しか配置されていなかった。

業界のガイドライン等は、それに違反したからといって直ちに法的な責任を生じさせるものではありませんが、裁判所にとって有力な手掛かりになります。

以上からすると、運営側の責任が認められる可能性は十分あると思われます。

【追記】

2023年3月6日、東京地裁で和解が成立したようです。

判決となれば一つの事例として今後の参考になったと思いますが、当事者からすれば判決よりも和解で解決した方が望ましいので、喜ばしいことと言えます。

通常、一方(通常は被告)が他方(通常は原告)に金銭を支払う内容で和解をする場合、「被告は、原告に対し、○○として△△円の支払義務があることを認める」といった条項が設けられます。○○は、買受金債務、借受金債務、損害賠償債務、慰謝料、解決金といった金銭の名目です。それが□□債務や慰謝料の場合には、被告が法的責任を認めていることになります。名目が解決金の場合、多くの場合は、金額や他の条項を見ればわかります。金額が原告の請求金額に近ければ、被告が法的責任を認めており、解決金といっても実質は□□債務や慰謝料ということになります。他方、金額が請求金額とかけ離れていれば、被告は法的責任を認めていないことになり、解決金は文字通り解決するためのお金ということになります。

今回は、口外禁止条項があるようで、①金銭支払義務の有無、②名目、③金額のいずれも公表されていません(①と②を公表し、③を公表しないというケースもあります)。

一般論としては、口外禁止条項を希望するのは被告側が多いと言えます。被告側には、法的責任が認められることが公になれば、信用が低下したり同種の訴訟が頻発する可能性があるので、それを避けたい、というニーズがあります(残業代の請求が典型です)。他方で、法的責任がなくても、訴訟提起されれば解決金を支払う、ということが公になれば、解決金目的で訴訟提起される可能性があるので、それを避けたい、というニーズもあり得ます(数としては前者が多い気もしますが)。

そのため、今回の場合、口外禁止条項により上記①~③が公表されていないからといって、被告側が法的責任を認めたとは断言できないということになります。

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